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「脳神経科学イラストレイテッド」を読む

人間の精神は人工的に作りえるか、との問いに対して多くの哲学者が「NO」と応えているのですが、私はできる、とみています。これは、近年になって脳の働きの解明が進んでいる一方で、何の超自然的現象も、そこには見出されていない、という理由によります。

脳の働きの解明のひとつは、ハードウエアの解明でして、ニューロンと呼ばれる脳を構成する情報処理デバイスが、どのような構造をしており、どのように情報処理を行っているか、という点です。

もうひとつ、ソフトウエアの解明も進んでおりまして、脳のどの部分がどのような機能を果たすモジュールに相当するかということと、そのモジュール間の接続状態が解明されつつあります。

さて、これの解明がある程度進みますと、同様な機能を人工的に構成することも可能となるはずです。ただし、人並みの精神的機能を実現するために必要なハードウエアは、百億ほどのニューロンが、それぞれ他の数千のニューロンと接続している、きわめて複雑で大規模なものであり、現在の半導体技術では、経済的制約により実現不能、と考えられます。

ただし、ムーアの法則が今後も成り立つものと考えれば、20年程度の未来には、この程度のハードウエアが利用可能になる、と予想され、そろそろこの手の研究も開始されて良いのではないか、と私は考えているのですね。

思えば今から20年前、生まれて間もないインターネットや携帯電話が、今日のような使われ方をすると、誰が想像したでしょうか? 現在の不可能が20年後のあたりまえになることは十分ありえることでして、そのための準備をしておくことは、学問的にも、ビジネス的にも、大いに意味があることだと思うのですね。

これまでこのブログでは、その前提条件として、人並みの精神的機能をもつ装置を人工的に作り出すことが原理的に可能であるのか、あるいは、最近の多くの哲学者が指摘するように、不可能であるのか、という点について検討してきました。この試みが、永久機関を作ろうというような、不毛な試みである可能性に配慮したのですね。しかし、哲学上の問題は、これまで述べてまいりましたように、まずクリアされたものと見ております。

まあ、哲学的問題に関しましては、今後も、機会あるごとに検討することといたしますが、そろそろ、本題に入りたい、と考える次第です。というわけで、少々お高くはなりますが、本日は「脳神経科学イラストレイテッド」をご紹介することといたします。この本は、2000年の初版ですが、本年3月に改訂第2版となっており、最新の情報も反映されているものと思われます(2016.6.8追記:現在では第3版となっております)。また、「イラストレイテッド」と称するだけに、図版の多い、読みやすい本であることも、大変助かります。

さて、同書は価格も本体6,000円と高価なら、内容も盛り沢山で、一度で御紹介し切れるものでもありません。そこで今回は、ハードウエアの基本的構成要素でありますニューロンの構造につき、同書から簡単に御紹介することといたしましょう。

まず、ニューロン(神経細胞)は、細胞核をもちタンパク合成を担う細胞体と、ここから伸びている樹状突起、および軸索と呼ばれるケーブルに相当する部分の3つから構成されています。樹状突起は細胞体からも、軸索の先端からも伸びており、この部分にシナプスと呼ばれる、他のニューロンとの接合部が存在します。

シナプスは、樹状突起の先端である「神経終末」と、樹状突起の壁面から突出したキノコのような形をした「スパイン」が向き合う形で構成され、双方がきわめて狭い隙間で互いに向き合う部分を持っています。

シナプスには、大別して、電気シナプスと化学シナプスがあります。電気シナプスは、特に狭い2nm程度の間隔で向き合い、対向面にこれも2nm程度の小さな穴があいておりまして、双方向かつ高速に情報を伝達します。化学シナプスは、これより一桁広い間隔で向き合い、神経終末からスパインの対向部に化学物質を送ることで情報を伝達します。

化学シナプスで情報伝達に使われる化学物質には各種ありまして、グルタミン酸やアセチルコリンを使うものはシナプスを興奮させる方向に作用させる一方で、GABAやグリシンなどを使用するものはシナプスの興奮を抑制する方向に作用いたします。また、これらの物質は、対向するスパインに伝達されるだけではなく、周辺に漏れ出し、周囲の他のシナプスに対しても、わずかながら効果を及ぼす、とのことです。

シナプスは永続的なものではなく、刺激が続くとスパインの面積が拡大し、感度が増加してよりニューロンの興奮を引き起こしやすくなります。これは、短期的には形状が膨らむだけなのですが、これが続きますと、細胞核で合成されたタンパク質が供給されてスパインの大きさが拡大した形で固定されたり、新しいスパインが形成されたりいたします。逆に、長期間活性化されないスパインは退化し、最後にはシナプス接続が消失いたします。

スパイン形状の変化は数分から数十分の間で、スパインの恒久的な変化は数十分から数時間の刺激継続で発生いたします。これらは短期記憶と長期記憶に対応するものでして、これをお読みの方の大脳の中でも、どこかのスパインが多少形を変えていることは、まず間違いのないところです。

さて、同書には、この他にもさまざまなことが書かれているのですが、これらにつきましては、今後ご紹介することにいたしまして、ここでは、ニューロンを人工的に作り出すことを考えてみることといたしましょう。

ひとつのニューロンには、最大で数千の入出力(シナプス)が存在します。入力部は他のシナプスからのインパルスを受け入れ、プラスまたはマイナスの、それぞれに異なる影響をニューロンに与えます。電気シナプスは入出力ができますが、これについては、入力部と出力部が他の同一のニューロンに接続されているものとします。

また、与えられたインパルスがプラスとして作用するかマイナスとして作用するかはシナプスによって固定されており、ただその影響の度合いが変化します。したがって、接続情報として、プラスの入力、マイナスの入力、および出力の3通りを分けて考えればよいことになります。

全てのニューロンにユニークなアドレスを与え、インパルスは、送信元のニューロンアドレスと共に目標となるニューロンに伝達されます。いま、注目しているニューロンがインパルスを受信しますと、送信元ニューロンに応じた接続情報を活性化、すなわち、加算または減算のための論理回路に接続します。活性化されていない接続情報は加減算回路には接続されません。

注目しているニューロンは、一定周期で活性化された全ての係数を加減算(空間的積分作用)すると共に、過去の興奮状態も加算(時間的積分作用)します。そしてこの加算結果が一定値以上となった場合に興奮状態とし、出力先として登録された全てのニューロンに対して、インパルスを送信します。また、時間的積分作用を実現するため、加算結果から一定の比率を減じたものを次回へと引き継ぎます。

ニューロンの学習につきましては、実験的には、継続する電気的刺激で接続状態が強化されることが知られているのですが、実際の精神的作用を強化するためには、個々のニューロンの演算処理を何らかの形(快・不快?)で評価し、これがプラスの評価である場合に、興奮状態が残っているニューロンに対して、入力側の接続を強化するのが良いのではないかと思います。

この強化の仕方にも、短期的に強化する場合と、長期的に強化する場合の二通りあり、短期的強化に対応するためには、係数を二つ持つか、さもなければ、短期強化フラグを設けて一時的に係数を過大評価するようにする必要があるでしょう。

ニューロンを構成するために必要なハードウエアは、加減算部分だけでも1万ほどの加算回路が必要であり、データ幅を16ビットといたしますと16万のフルアダー(1ビット加算論理回路)が必要となります。これを最近のFPGAで構成することを考えますと、その費用はざっと見積もりまして百万円前後、と予想されます。

FPGAのクロックレートは数百MHzであり、kHzオーダーで動作するニューロンの10万倍以上ですから、人間の脳にある百億のニューロンと同等の機能を有する装置の実現には、この百万円前後のボード10万枚が必要となる計算で、現時点で1千億円程度の費用がかかるものと思われます。

その他、個々のニューロンは2万バイトの係数記憶が必要で、10万のニューロンの機能を一つのチップで実現するためには20億、すなわち2ギガバイトのメモリーを用意する必要があります。現在入手できるFPGAにはメモリーを搭載したものもあるのですが、いずれも用量が小さいという問題があります。

もちろん、2ギガバイト程度のメモリーであれば、外付けすることもできまして、メモリーチップ自体には、現状でもさほどの費用はかかりません。しかし、このメモリーからロジックに16万ビットの情報を1クロックで送る必要があることから、外付けメモリーの利用は難しく、大容量のメモリーを搭載したFPGAの登場を待つか、あるいは最近研究の進んでいる、大容量のメモリーと論理ブロックを混載したチップの実用化が前提、ということになりそうです。

半導体の世界には、ムーアの法則というのがありまして、半導体の集積度は2年で2倍になる、ということが経験的に知られております。2年で2倍を繰り返しますと、20年で1000倍となりまして、この間、コストが同じであるといたしますと、20年後には1億程度で人間と同程度の精神的機能が人工的に実現可能、ということになります。10年後では30億円ほどになるのですが、まあ、研究機関ならこの程度のことはやりかねません。

もう一つは、これらの計算は、ニューロンと同様、インパルスを用いて情報伝達することを前提に議論しておりまして、刺激の強さをインパルスの頻度で表現しているのですが、半導体回路では二進符号化することで、より効率的な装置構成が可能となります。半導体向けに装置構成を最適化すれば、上に述べました論理規模よりも、はるかに小規模の装置でも、人間並みの精神的機能を実現できるかもしれません。

まあ、それやこれやで、人間並の精神機能を人工的に再現する装置の登場は、技術的にも経済的にも10年から20年後ではなかろうか、とみておりまして、そろそろ研究を開始しても早すぎはしない、と私は考えているのですね。

何よりも、他に先んじて研究を進め、基本特許を押さえてしまえば、大変なビジネスがその先に展開できるのではなかろうか、との読みもあります。このような技術につきましては、もう少し、考察を深めていきたいと考えております。

まあ、そんな基本特許になりますような、すばらしいアイデアが閃いた暁には、ここに書く前に特許出願をしてしまう、はずですが、、、