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中森明夫「アナーキー・イン・ザ・JP」を読む

本日読みます書物は、中森明夫著「アナーキー・イン・ザ・JP」です。

三連休の最終日、解体作業が話題となりました赤坂プリンスホテルの再開発がこの夏に終わって開業しておりますことから、どうなりましたかと見に行きました。で、ついでに、最近ケーキが話題のホテルニューオータニにも寄ってまいりました。

ホテルニューオータニ、東京の高級ホテルの一つなのですが、前々から気になっておりましたのが改造社書店。改造社といえば、古くは雑誌「改造」や、マルクス・エンゲルス全集などを出しておりました、完全に左翼系の出版社なのですが、なにゆえにブルジョアジーの巣窟であります高級ホテルに店を構えているのか、非常に気になる存在ではありました。で、ちょっと冷やかしに立ち寄ったのですね。

まあ、思想の科学のバックナンバーでも置いてあったら、ちょっと立ち読みしてみようかなどという、ミーハー気分で立ち寄ったのですが、書棚に「アナーキー・イン・ザ・JP」などという本が(それも同じ本が三冊も)置かれておりまして、手に取った次第。当然、改造社のロゴがばっちり入っております書店のカバーを付けてもらったことは言うまでもありません。

同書は、パンクに目覚めた17歳の高校生に大杉栄の霊が取り付くという、ストーリー自体はハチャメチャなものなのですが、大杉栄の主張や、他の登場人物の主張は、妙にリアリティーがある。これは、リアリティーのある台詞というよりは、作者の中森明夫氏が、登場人物の口を借りて自らの主張を展開しているのではなかろうか、などという印象を与える書物なのですね。

大杉栄はアナーキストとして知られる方でして、アナーキズムというのは全ての決まりや習慣から(道徳からですら)自由になるべしとの主張であり、普通の社会生活上はどうかと思われる主張でもあるのですが、学問研究の世界では、古い常識を引きずっていては新しいものは生まれないわけで、真理探究の徒には必要な思想である、ともいえるでしょう。

中森明夫氏の経歴などをみますと、この方もかなりアナーキーな主張の持ち主のご様子で、大杉栄の口を借りて自らの主張を展開するというのは良いアイデアであったのかもしれません。

で、同書を読みまして、実に不思議な感じがしたのですね。つまり、現実とフィクションの境がおぼろげになっていくような、、、

一つには、同書自体がフィクションと著者のリアルな主張の境目がおぼろげです。第二に、ホテルニューオータニにある改造社書店というミスマッチがあり、そこでアナーキーなどという表題の付いた、大杉栄の登場する書物を買って読んでいることも、フィクションが現実に入り込んでいるような感覚があります。

さらには、同書の最後のあたりのお話の舞台となりますのが、「赤坂プリンスセスホテル」(もちろんモデルは赤坂プリンスホテルに決まっております)であり、その前にあります「ホテルニュー・コールハース」(モデルがホテルニューオータニであることは明らかでしょう)なのですね。私が訪れましたのが、まさにこの場所であるわけで、これもまた、書物に書かれた世界と私を取り巻く現実世界との境界をおぼろげにする一つの要因ではありました。

ちなみに、「大谷」がなんで「コールハース」に化けるのかは少々漠としておりますが、双方とも同名の建築家がおられることによるものかもしれません。

私の一つの趣味に、ご当地本を買う、というのがありまして、廣松渉の本を東大の駒場生協で買ってみたり(廣松渉氏はここで教鞭をとっておられました)、鎌倉の島森書店でビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たちを買ってみたりしております(同書にはなんと島森書店が登場いたします)。で、書店のカバーをしてもらって、一人悦に入っているのですね。今回の「アナーキー・イン・ザ・JP」も、たまたまではありましたが、ご当地本ではありました。なんか、得をしたような、、、

とはいえ、購入いたしました本のしおりの紐が、少々短い。まあ、製本のミスではあるのでしょうが、ひもの一部がフィクションの世界に吸い込まれてしまったような、なんか不思議な気分にもなりました次第。ここは、あえてクレームをつけたりせずに、欠陥のある本を大事にしたいと思います。

その他、なにゆえにブルジョアの巣窟であります高級ホテルに左翼系の改造社書店があるのか、との疑問にも同書の中に答えらしきものが与えられております。つまり、貴族の子弟に革命家になる者が多い、ということですね。ことの良し悪しは別として、ISのテロリストになる者に、裕福な家庭の者が多い、との報道もありました。

そんなことになります理由として思い当たるのが「ノブレス・オブリージュ」、高貴なる者の義務、なのですね。貧困などの社会問題に目を向ければ、あるいは左翼思想こそ善であるとされても不思議ではありません。もしかすると、ホテルニューオータニ創業者の大谷氏が左翼思想に共感をもっていたのかもしれませんね。

ちなみに、アマゾンをみますと、同書は既に絶版となっております模様。古書では1円の出品、72円あたりの出品、150~400円の出品があるほか、コレクターからの出品として1800円以上の美麗品が出されております。ニューオータニの改造社書店には、本日(10/10)正午の時点であと2冊在庫が残っております。定価税別630円は、もしかするとお買い得かもしれません。いわゆるセドリの方には狙い目かも、ですね。