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女性自身の6/8付けBLOGOS記事「中国批判声明に参加拒否 共同通信に誤報の声も…菅長官否定せず」へのコメント

女性自身の6/8付けBLOGOS記事「中国批判声明に参加拒否 共同通信に誤報の声も…菅長官否定せず」にコメントしました。


少なくとも一国の政府となりますと、この手の基本的事項でフェイクニュースが真に受けられるようでは、広報に問題ありとしなくてはいけません。

こうやった、こう発言した、というのは、確かに事実なのでしょうけど、世界の人々がいかに受け止めているかが大事なポイントで、事実がどうであるかは二番目なのですね。それを、こうやったなどといったところで、それは言い訳としか受け止められない。

もちろん、事実は誤解を解く重要な武器になり得るのですが、それもきちんと使われてこそ意味がある。何もできていないなら何の意味もありません。

一個人が無実の罪で処刑されるたら、それは処刑された個人の問題というよりは、社会、司法制度の問題といえるでしょう。

でも一国の政府が事実に反して世界の批判を浴びたら、それは他人が悪いのではない。政府が悪い。政府広報の落ち度だと思わなくてはいけません。国政を預かるという責任は、それだけ重い、これを忘れてはいけません。

それを被害者ぶるとは言語道断。ちゃんと仕事しろ、それだけです。

1 thought on “女性自身の6/8付けBLOGOS記事「中国批判声明に参加拒否 共同通信に誤報の声も…菅長官否定せず」へのコメント

  1. mitsu.minomi

    >>少なくとも一国の政府となりますと、この手の基本的事項でフェイクニュースが真に受けられるようでは、広報に問題ありとしなくてはいけません。

    トランプ氏のようにフェイクニュースと糾弾するぐらいの強さが欲しいね。
    ちなみに私はトランプ氏を評価している。

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