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青山まさゆき氏の3/17付けBLOGOS記事「シビリアン・コントロールを取り戻そう」へのコメント

青山まさゆき氏の3/17付けBLOGOS記事「シビリアン・コントロールを取り戻そう」にコメントしました。


緊急事態宣言で飲食店営業に制限をかけた宣言地域と大多数の非宣言地域はみな同じようなグラフ。

以前聞いた話で、本当か嘘か定かではないのですが、「交通安全モデル地区」って、結構交通事故が多いのだそうです。なぜか、といえば、交通事故の多いところが「交通安全モデル地区」に指定されるからだ、と。このエントリーの上の引用部分を読んで、そんな話を思い出しました。

「飲食店営業に制限をかけた宣言地域」って、どういうところなのでしょうか。ひょっとすると、新規陽性者数が多いようなところが、この「宣言地域」になっているのではないでしょうか? まさか、ランダムに宣言地域と非宣言地域を割り振っているなんてことはないですよね。

もしそうであるとすると、その双方が同じような結果になったということは、宣言の効果があったから、ということになりはしませんか? 感染が深刻な地帯で宣言が出され、その結果、宣言の有無にかかわらず同じ結果になったということは、つまりそういうことですよね。

青山さんのエントリーは、頭の体操のネタとして、とっても面白いものだと思います。だいぶ前に亡くなられたマーティン・ガードナーさんが、この手の、頭を使わせるお話をたくさん書かれておりましたが、青山さんのお話も、これに引けを取りません。これからも大いに頑張ってください。


返信がついております。

加藤洋行

>もしそうであるとすると、その双方が同じような結果になったということは、宣言の効果があったから、ということになりはしませんか?

なりませんね。非宣言地域の感染が宣言地域と同じようにピークアウトしています。リバウンドもない。ということは宣言は必要なかったということです。この理屈が理解できないようなら「サイエンティスト」を自称するのはやめてください。西浦某を見ているようで痛々しいです。


瀬尾 雄三

加藤洋行 さん

> 西浦某を見ているようで

おほめ頂きありがとうございます。とても光栄に存じます。

論理というものは、きちんとトレースしないと判断が難しいもので、誰にでも評価できるわけではない、という事情はよく分かっております。「頭の体操」的な話は、特にそういう傾向があるのですが、考える楽しみを知る人にはなかなか面白いものでもあるのですね。そうでない人には、面白くもなんともないのでしょうが、、、

やるやらないは個人の勝手ですけど、時間のあるときにでも、いろいろと考えてみることは、人生を豊かにする一つの要素だと思います。一度トライされることをお勧めします。


加藤洋行

瀬尾 雄三

もう一度、いいますよ。宣言地域で感染者が減る、非宣言地域で感染者が減らない。これで初めて宣言に効果があったと言える。ところが実際は非宣言地域でも感染者が減っている。つまり、宣言に意味がない。こういうことです。小学生でもわかりますよね。


瀬尾 雄三

加藤洋行 さん

最初に「交通安全モデル地区」のお話を紹介したのですが、このようなモデル地区を設定するのは、交通事故が多く、警察が危機感をいだいたからなのですね。だから、この地区は、他に比べて交通事故が多くてもあたり前であるわけです。

で、新型コロナに関して緊急事態宣言を特定の地域に対して発するということは、当該地域で感染者の爆発的増大の危険があるから発しているわけで、この危険が避けられたなら大成功、ともいえるわけですね。

緊急事態宣言の効果を判定する目的であるなら、緊急事態宣言をランダムな地域に対して発令して、その後の経過を見なくてはいけません。緊急事態宣言を偏った地域に発令している以上、その経緯をもって緊急事態宣言の効果を判定することはできないのですね。

ここで、上の話は「効果あり」との主張ではないことにご注意ください。そういう可能性もある、という指摘であって、加藤さんの「宣言に意味がない」という主張を否定する主張なのですね。「宣言に意味がない」の否定は「宣言に意味がある」ではなく、「宣言に意味がないとは言えない」で、これは「宣言に意味がある」と「宣言に意味があるのかないのかわからない」を含んでおります。このあたりが論理の面白いところなのですが、お判りいただけますでしょうか。


加藤洋行

瀬尾 雄三

そうやって、屁理屈を言って、自分の間違いを認めないところが、瀬尾さんの悪い癖ですね。本当に痛々しいです。


瀬尾 雄三

加藤洋行 さん:理解できない論理に「屁理屈」と返すのはありがちなことなのですが、これに文句を言っても仕方のない話ですから、ここは、もっと易しい例で説明しますね。

ある感染症(例えばインフルエンザ)が流行っている土地で仕事をしなくてはいけないことになったら、予防注射を打って行くのが普通ですね。で、感染症にならずに済んだ。ここで問題は、予防注射の効果があったのかどうか、ということなのですね。

普通の人は、病気が流行っている地方に行って感染せずに済んだのだから、予防注射の効果はあったと考えるのですが、偏屈な人はそうは考えない。

予防注射を打たない人で感染しない人もいるなら、予防注射を打たなくても感染しなかったかもしれず、予防注射の効果があったかどうかはわからない。これが、論理の上では正しい物言いなのですが、一般的には、予防注射を打ったことで安心できた効果も含めて、感染せずに済んだのなら予防注射の効果はあった、と考えるのが普通なのですね。

ところが、加藤さんの主張はこれからさらに進んで、「病気が流行っていない地方の予防注射を打たなかった人が感染しないのだから、病気が流行っている地方で予防注射を打った人が感染しなくても、予防注射の効果など認められない」といっているわけですね。これはいくらなんでも無茶苦茶な言い分で、へ理屈にもなっていないと思うのですが、さて、どうでしょうか。ま、加藤さんにご理解いただけなくても、何も申しませんけど、、、


加藤洋行

瀬尾 雄三

>宣言に意味があるのかないのかわからない」を含んでおります。

まさにここが批判されているところです。効果があやふやな宣言を出して飲食業を痛めつけるのなら、飲食業への協力金を病院や医療機関のコロナ対策整備に回したほうがよっぽど効果的ではないか。協力金は水蒸気のように一瞬で消えてしまうが、病院の整備は来年も再来年も有効なものです。


加藤洋行

瀬尾 雄三

>普通の人は、病気が流行っている地方に行って感染せずに済んだのだから、予防注射の効果はあったと考えるのですが、偏屈な人はそうは考えない。

これはまた、論点ずらしですね。予防接種に一定の効果があることはデータが示しています。この論法で行くなら、宣言に効果があることをデータで示せ、ということになります。どうですか、瀬尾さん自身、

>宣言の効果があったから、ということになりはしませんか?

>宣言に意味がないとは言えない

>宣言に意味があるのかないのかわからない

と主張がトーンダウンしています。宣言に効果があったことを示すデータをお持ちでしたら、どうぞ開示してください。


瀬尾 雄三

加藤洋行 さん:私が批判しているのは、本エントリーの以下の部分ですよ。私の言葉の一部を切り出して批判されるのは、マスコミが時々やらかす「印象操作」というやつじゃないですか。

> 陽性者数の推移は、宣言地域と被宣言地域でほぼ同じような傾向にある。...ここから推測すれば、この動きは、飲食店営業での感染増大やその制限による減少が原因ではなく...

で、何が問題かといえば、宣言地域と非宣言地域(「被」宣言地域はタイポとみなして修正しました)で陽性者数の推移がほぼ同じ傾向にあることをもって、非常事態宣言には効果がなかった、と主張している点なのですね。

非常事態宣言は、コストがかかることから、これが必要な地域でのみ宣言されている。その必要な地域とは、新型コロナの感染拡大が危惧される地域なのであって、感染拡大が心配されなかった非宣言地域と同じ推移をたどったなら、非常事態宣言は「成功」といえる、と指摘しているわけです。

もちろん、純粋に論理的に言えば、非常事態宣言は不要であったかもしれない。何もしなくても終焉したかもしれない。だけど、現に非常事態宣言をしているからしなかった場合のことなど分からないし、わからないからそれが不要であるともいえないのですね。

こと安全に関しては、不要かもしれないけれどすべき事柄が多いけれど、それが正しいリスク対応です。

予防注射は接種しなくても感染しないかもしれないし、命綱や非常ブレーキなどの設備、あるいは火災保険なども結果的には不要となる場合が多い。

もしかすると不要かもしれないけれど、社会的あるいはリスク回避という視点からは必要なものも多く、非常事態宣言もそうではないですか、と申し上げているわけです。

非常事態宣言しなかった場合、悲惨なことになった可能性は高いと思いますが、何とも言えないのは致し方ありません。実験するわけにいかないですから。


東京新聞「20~30代は夜の繁華街、40代以降は家庭内多く 都が感染経路報告

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