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女性自身の9/23付けBLOGOS記事「河野太郎氏 自民党の身内にも…強気な“回答拒否グセ”に…」へのコメント

女性自身の9/23付けBLOGOS記事「河野太郎氏 自民党の身内にも…強気な“回答拒否グセ”に…」にコメントしました。


「Aである」と「Bである」の二つの命題がある場合、「AでありかつBである」状態が排除されていたとしても、「AであるともBであるともいえない」という状態は取り得るのですね。

だから「Aである」と「Bである」のいずれかのプラカードを掲げよという要求には無理があります。

今回の場合、「A:国民の負担を増やしても給付などの水準を維持すべき」と「B:給付などの水準を下げて国民の負担を抑えるべき」という二つの命題に対して、「どちらともいえない」という状態があり得ないか、という問いが突きつけられるのですね。で、それがあり得るとなりますと、これは鋼の死に対するゆえなき非難、ということになります。論理とは誠に難しいものなのですね。

まあ、それだけではなんですから、「どちらともいえない」という状態の例をいくつか挙げておきましょう。一つは「個人的にはどちらでも良い」、もう一つは「現時点では判断できない」。この双方、「国民の声を聞かなくては」なり、「判断は国民に委ねられるべき」という、至極当然の理由がありそうです。

さて、責められるべきは、河野氏か、あるいはテレビ局か、論理的には後者であるように思われますけど、大丈夫でしょうか、こんな調子で、、、

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