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宇佐美典也氏の10/12付けBLOGOS記事「40代を迎えるにあたって思い描いていたイメージと現実のギャップについて」へのコメント

宇佐美典也氏の10/12付けBLOGOS記事「40代を迎えるにあたって思い描いていたイメージと現実のギャップについて」にコメントしました。


フリーはフリーで活躍ができる席が限られておりその席の奪い合いをしており、他方で既に一等席を確保した大ベテランはその席を譲る様子をあまり見せない。端的に言えば「田原総一朗、野口悠紀雄はいつまで現役でやっているのか」という問題である。

この問題の立て方はおかしい。このエントリー主、まだ役人時代の甘い考えを引きずっておられるように見受けられます。

ここは、古いアニメのセリフですけど、「ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん」という考え方が大事なのではないでしょうか。

状況も似ております。このセリフ、「交響詩篇エウレカセブン」第2話で主人公が小さいころに姉から聞いたこの言葉を思い出して初めてリフで空を飛ぶことができたのですね。「リフ」が何で、いったいいかなる原理で空が飛べるかにつきましては、ここではパスしますけど、つまりこういう考え方があってはじめて、自由に生きていくことができる、ということなのですね。

フリーで活躍するにも、大ベテランに一等席を譲ってくれることなどを期待するのはどうかしております。ここは、「勝ち取る」こと、そうしてはじめて「与えられん」ということでしょう。これは、特にフリーの人であれば、あたり前の話であるようにしか思えないのだが、、、


返信がついております。

Zakana Ao

同感

ただ「勝ち取る」というよりも「創り出す」方が今はいいと思いますね.
田原みたいな連中はYoutubeには絶対に出てこないんだし,
そっち方面で田原と同じことやればいい.

身の回りの大学の研究者なんかを見ていると
師匠と正面切った勝負ってしてない.
「〇〇の大家」の弟子は「〇〇を使った××の大家」になることが多い.
(例えば「電波研究の大家」の弟子が「無線給電研究の大家」になったり)
むしろ「師匠と同じ研究をするのはセンス(進歩)がない」とすら思ってる節がある.

ボロ船と共に沈む船長役は老害に任せて,
自分は新品の船を仕立てて航海に出ればいい.
(そして,いずれは自分もボロ船の船長として沈む)


瀬尾 雄三

Zakana Ao さん

たしかに、学問研究や芸術の分野では「勝ち取る」よりも「創り出す」が妥当かもしれません。

でも、田原氏を退けて自らが一等席に座ろうと思うなら、田原氏の論説をコテンパンに論破してぐうの音も出ないようにすることが肝要。これを繰り返していけば、そしてその正当性を世間が認めれば、田原氏を退けておのれが一等席に座ることになる。こういうありかたには、「勝ち取る」という言葉が妥当であるように思います。

エウレカセブンの場合は、革命を起こそうというわけですから、「勝ち取る」が妥当。レントンのリフの場合は、己の弱い心に打ち勝つという意味でこれも勝ち取る、ということでしょう。

もっとも、私がこの言葉にうなづいてしまったのは、豊橋で開催された学会の折、夕刻に暇を持て余してホテルの外を歩いたとき、大きな駐車場の周囲にこの言葉を書いた旗竿が大量に並んでいるのを見たときなのですね。思わず笑ってしまったのだけど、そこ、パチソコ屋さんだったのですね。じつはそのとき、大いに「勝ち取った」。まあ、そういうことだけは、よく覚えているものです。

2 thoughts on “宇佐美典也氏の10/12付けBLOGOS記事「40代を迎えるにあたって思い描いていたイメージと現実のギャップについて」へのコメント

  1. mi.mino

    >>自分が若い頃想像していた「40歳のおじさん」というのはもっと力強く、輝いていた。若さを失ったかわりに、力を手にした恐れるべき「何者か」であった。

    むりっす

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