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確率論的リスク評価

山田肇氏の6/12付けアゴラ記事「原子力規制庁に心配が募る:行政組織として機能しているのか」へのコメントです。


50年に一度動くようなら施設が稼働している間に動く恐れがある。1万年に一度であれば、まず動くことはない。損害の程度と発生確率でリスクを評価する手法を「確率論的リスク評価」と呼び、原子力施設の安全管理に重要な考え方である。

この数字は正しいのでしょうか?

IAEAは、深刻な原発事故の頻度を10万炉年に一度以下に抑えることを目標にすべきであり、この目標は先進国においては達成可能であろう、としております。

活断層の動きと深刻な事故との対応関係にもよりますが、1万年に一度が十分に安全といえる根拠が必要ではないでしょうか?


コメントにお答えしますね。

10万年に一度というのは確率論的リスク評価の目標値であり、こういった数値を扱う学問領域が信頼性工学で、そこまでの信頼性がない場合にも、バックアップシステムなどを入れることにより、事故確率を下げることができるのですね。

たとえば、停電などに際して、非常用電源が動作しないと深刻な事故になるというケースで、そういう問題が一年に一回生じ、非常用電源が動かない確率を1%とする。そのままでは100年に1度の確率で深刻な事故が発生するわけですね。

これに対して、非常用電源を二台用意すると、それぞれが動かない確率が1%であれば、双方ともに動かない確率は0.01%となる。深刻な事故が発生する確率を1万年に1度にまで下げることができます。

通常の原発は、非常用電源を3系統設けており、設計に際して目標としている事故確率を百万年としている様子ですから、3台の非常用電源で百万年に一度の事故確率となる上の数字は、およそ現実に近いと思います。

もっとも、現実に行われているのは、非常電源を二台同時に定期点検で分解するなどということも行われており、このような確率論的なリスク評価は現場に徹底されているわけではないのですね。

では、地震や津波に対していかにバックアップするかとなりますと、これは非常に難しい。現在は、活断層や防波堤などで対処したことにしているのですが、これがどの程度の効果を持つか、なかなかはっきりしたことは言えない。

実は、東日本大震災後発生した福島の原発事故に際して、ある専門家が「千年に一度の地震や津波を想定していたら、日本に原発などできない」と発言し、その後この発言は取り消された様子ですが、この言葉が本音に近いのではないかと思います。

そうであるならどうすべきかといえば、ならば千年に一度の地震は無視してよい、ということにはならず、原発ができないならば、できないことをやっちゃいけない、ということになるでしょう。日本で原発など建造したのがそもそもの間違いだ、というのが正解になるわけですね。

でも、私は日本に原発を作ることもできると考えておりまして、問題は、これまでのやり方が、少々気楽すぎたのではないか、と考えているわけですね。

そもそも、東北地方は何度も津波に襲われているわけで、このような地域に、海に近い場所に原発を作ることが問題であるわけです。防波堤などの技術でリスクは回避できると考えたのかもしれませんが、所詮は人間がつくるもの。技術を過信してはいけません。

実は、世界的に見れば、原発のシンボル的に扱われているのが巨大な冷水塔なのですが、日本の原発には巨大な冷水塔などないのが普通で、海水で冷却することが一般的なのですね。日本でも冷水塔による冷却を導入すれば、別に海沿いに原発を作る必要はなくなります。まあ、いまさら、ではあるのですが。

海外で海沿いの原発が少ない理由に、温排水の問題や、国防上の理由(海沿いの原発は攻撃されやすい)などもあるのでしょう。我が国はあまりにも経済優先でやっちゃった。これが福島の事故の大元の原因だと考えているわけですね。

さしあたり我が国に必要な原子炉が高速増殖炉でして、これは、核のゴミの問題を解決する有効な手段でもあります。これを、経済性は少々犠牲にしても、安全性を最優先し、日本のあるべき理想的な原発として実現すれば、地元住民にも安心して受け入れてもらえる、その後の原発の日本モデルともなり得るのではないか、まあ、そんなことを考えているわけですね。

推進側の考えが硬直しすぎていては、何事も前に進まない。多くの人が心配するには、それなりの理由があると考えなくてはいけません。

1 thought on “確率論的リスク評価

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