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長々と続けてまいりました「涼宮ハルヒの驚愕」ですが、昨日のブログで、一旦読み終わったつもりだったのですが、一番美味しい話を語り損ねていることに気づきました。キョンを祭り上げよう、というお話ですね。 ... "「涼宮ハルヒの驚愕」を読む:追記" を続けて読む

昨日の記事に追加しようといたしましたら、あっさり文字数オーバーとなってしまいました。本日の書き込みは、さほどの量はありません。後日の追加は、こちらの記事にするといたしましょう。 ... "続々「涼宮ハルヒの驚愕」を読む" を続けて読む

昨日のブログは、この物語のすべてを明らかにせん、という意欲的な試みではあったのですが、書いてる途中で心配しておりましたように、楽天ブログの文字制限に引っかかってしまいました。で、肝心の話が抜けてしまいました。ハルヒはなにに驚愕したか、という点ですね。 ... "「涼宮ハルヒの驚愕」を読む:補遺" を続けて読む

このところのこのブログでは、量子力学へのチャレンジを続けているのですが、本日は、ちょっと古典力学に戻りまして、ラグランジアンとハミルトニアンについて考えてみることにいたしましょう。 ... "ラグランジアンとハミルトニアン" を続けて読む

「ファインマン物理学」は、物理学の教科書としては最も優れた本ではなかろうか、と私は常々考えているのですが、その中でも「ファインマン物理学V 量子力学」は、ファインマンの独壇場とも言うべき領域を扱っており、ページ数も多く、力の入った内容となっております。 ... "「ファインマン物理学V 量子力学」を読む" を続けて読む

先週まで、時間は虚数的に振舞う、という前提を置くと、相対性理論はどのようになるか、ということを議論してまいりました。まあ、我田引水的に言いますれば、時間は虚数的に振舞うという考え方は、なかなか筋が良さそうである、ということなのですね。 ... "虚数時間の物理学、さて、量子力学は?" を続けて読む

昨日のブログへの追加です。

ベクトルは自然界の実在であるのに対し、座標は人が勝手に定めた座標系でベクトルを計量したものであって、座標系やこれで表された座標値は、人の精神内部にある概念である、ということを前回述べました。 ... "曲がった空間の叙述法(追記)" を続けて読む

先日のこのブログでは、カント入門を読んでおりまして、カントが設定いたしました4つのアンチノミー(二律背反、パラドックスに近い意味)に、私はけちをつけております。 ... "カント入門、補足(「単純なもの」をめぐって)" を続けて読む

数日前のこのブログでちょこっと触れました「ぜんぶ手塚治虫!」、朝日文庫の1冊ですが、700頁以上もある分厚い本でして、さて読み終わるのにどれほどの時間がかかるものか、などと思っていたのですが、昨日読了いたしました。そこで、本日はこの内容につき、簡単にご紹介いたします。 ... "「ぜんぶ手塚治虫!」を読む" を続けて読む

先週のこのブログで、カントの「純粋理性批判(上)(中)(下)」を1/6ほど、「プロレゴーメナ」を40%ほど読んだ段階で、カントの哲学につき論じました。その後もカントへの挑戦は続けていたのですが、この難渋にして長大な書物はとても読みきれない、との判断から、ちくま新書に多々あります「xx入門」の中の「カント入門」を読むことといたしました。 ... "石川文康著「カント入門」を読む" を続けて読む