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バイデンもバイデンだが日本も

アゴラ編集部の3/10付けアゴラ記事「日本で収監中の米兵の解放に動くバイデン: 黙り込む日本のメデイア」へのコメントです。


原則論で言えば、我が国の司法に対する不当な介入なのですが、現在の我が国の司法制度が「フェアであるのか」と問われれば、単純にYESとも言い難い。これが大問題なのですね。

つまり、我が国の検察と裁判官は、マスコミと並んで「日本の恥部」というのが現実の姿なのではないでしょうか。特に、海外から見れば、これが常識と化しているのではないでしょうか。

だからゴーン氏もその被害者だというとらえ方をされてしまうし、今回のアルコニス氏も不幸な犠牲者だと考えられてしまうのですね。

これに対する対処は、一つ一つのケースに、扱いがフェアであることを地道に説明していくことも重要なのですが、検察と司法が姿勢を改めることが最も重要なことだと思いますよ。これは、外部からできるようなことではなく、検察、司法が自らを改革するしかないと思います。

このあたりの問題は、魚住昭氏の書かれた「官僚とメディア」に詳しいですし、Wiki-pediaなどで「三井環事件」を読み返していただくと、日本人から見ても、このあたりは改善が必要であるとの思いをいだいてしまいます。(解説はこちらです)


映画『Winny』にも登場、裏金問題の告発者・仙波敏郎氏が語る警察の狡さ」と題するJBpress記事をYahooが伝えております。問題はこの3ページあたりですが、以下の記述があります。

現在の警察の制度ができたのは、昭和29年のこと。以来、警察組織による莫大な裏金作りは、現在に至るまでずっと行われてきました。そして、署長が裏金を飲み代に使い、裏金で車を買い、裏金で家を建てる……、そういう、卑しい慣習が脈々と続いてきたのです。

結局のところ、三井氏の告発した検察の裏金作りは、上で紹介されている警察の裏金作りと軌を一にするものである様子。こういうことは早い機会に直していかないと、日本の国際的地位を損ねる結果になってしまいます。

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