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科学的議論に必要な論理の理解

與那覇潤氏の4/12付けアゴラ記事「大東亜戦争とコロナワクチン:歴史学者たちの『責任』」へのコメントです。(追記あり)


「なにもしなければ42万人が死ぬ」と脅されながら展開された4~5月の最初の緊急事態宣言が、完全な空振り(当該期間の死者は900人程度)に終わり、

上の言葉に含まれている論理の誤りに気付かないようだと、「科学的」な議論はとても無理なのですが、それが無理だということにも気づかないのでしょうね。以下、その問題について、わかりやすく説明します。

「なにもしなければ42万人が死ぬ」という言葉が空振りに終わるのは、「何もしなかったが死者数が少なかった」場合なのですね。

上の引用部は、4~5月に緊急事態宣言が展開されたという意味の言葉も含まれている。「何もしなかった」わけではありません。何かしたわけだ。それで、やっぱり42万人死んだなら、「なにもしなければ42万人が死ぬ」という言葉はナンセンスだったわけだ。どっちにしても、多数の死者が出るなら、「何かをせよという」この警告は無意味だったわけですから。

でも現実は、「なにもしなければ42万人が死ぬ」との警告を受けて、緊急事態宣言を発令し、900人程度の死者に収めた。これは、普通の言い方をすれば「大成功に終わった」というのですね。「科学的」議論に欠かせないのは「論理的推論能力」であると、心しなくてはいけません。


このお話に関しては、文春オンラインに山本一郎氏が秀逸な記事を書かれています。題して「根拠なく「緊急事態宣言は要らんかったんや」と言い出す知識人が増えている問題 / 専門性のある議論は、感染症の研究者や医師に任せましょう」。その中でも、以下の一文は、特にアゴラを読まれる方は一読すべきでしょう。

もともと、コロナウイルスなどたいしたことないので自粛する必要もないという論旨の発言は堀江貴文さんや三浦瑠麗さんらが論陣を張っておりました。池田信夫さんや篠田英朗さん、永江一石さんらもさらに乗っかり、西浦博さんが警鐘を鳴らした感染症の数理モデルについてさしたる根拠もなく否定しにかかる、という図式です。

【藤井聡】【正式の回答を要請します】わたしは、西浦・尾身氏らによる「GW空けの緊急事態延長」支持は「大罪」であると考えます。
https://38news.jp/economy/15951

岩田健太郎医師「感染爆発を押さえた西浦博先生の『本当の貢献』とは」
https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/517429/

 岩田健太郎さんと言えばダイヤモンド・プリンセス号に乗り込んでいって余計な混乱を起こした張本人として医療現場からはさして評判の良くない御仁ではあるのですが、本件に関しては正論中の正論であって、まさに緊急事態宣言の延長に対する是非が公的な感染症対策とはどうあるべきかの最前線になってしまっています。

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