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以前のブログで、

倭人条で陳寿は邪馬台国の位置を「計其道里、當在會稽、東治之東」つまり「その道里を計るにまさに会稽東治の東にあり」としております。會稽は夏朝の禹のゆかりの地で、東夷に礼の伝わるは禹の徳政のゆえである、と陳寿はしたかったのではないでしょうか。會稽は上海の南に位置し、その東は沖縄ないし屋久島あたりに相当します。魏使はおそらくは正確な邪馬台国の位置を報告書に記述したのでしょうが、陳寿はこれを彼が理想とする位置に置くため、方位と距離に修正を加えたのではなかろうか、というのが私の考えるところです。

などと書いたのですが、陳寿が邪馬台国の位置を沖縄付近としたのは魏略に従ったのかもしれません。ここには次のような記述があります。 ... "三国志魏書東夷伝における邪馬台国の位置の問題、再論" を続けて読む

本日は、内容がぶっ飛んでおりますトンデモ本ではありますが、参考になる内容を含んでおります金容雲著「『日本=百済』説」を読むことといたしましょう。 ... "トンデモ本だが示唆はある金容雲著「『日本=百済』説」を読む" を続けて読む

これまで邪馬台国の人々に関して議論してまいりましたが、狗奴国に関しては、あまり述べておりませんでした。そこで本日は狗奴国の人々に付きまして考えてみたいと思います。 ... "狗奴国の人々" を続けて読む

これまで6回にわたりまして、卑弥呼の時代についていろいろ考えてまいりました。本日は、残りました最後の謎、箸墓古墳について考えてみたいと思います。 ... "箸墓古墳は誰の墓?" を続けて読む

本ブログでは三国志倭人条に描かれました卑弥呼の時代の倭国と、記紀の記述を突き合わせ、当時のわが国で何が起こったかを推理してまいりましたが、肝心なことを一つ書き忘れておりました。それは、崇神天皇は何者であるのかということ、そして纒向の地にあります巨大墳墓、箸墓古墳と卑弥呼との関係です。本日はこのうちの、崇神天皇の置かれました状況について考えてみることといたします。 ... "邪馬台国への東征" を続けて読む

以前のブログで我が国の古代史について多少述べたのですが、いろいろと気になることもありましたので、先週磯城纏向の里を訪ね、卑弥呼の昔に思いをはせてまいりました。

訪れましたところは、まずは唐古鍵遺跡とその資料館、桜井市の埋蔵文化財センター、箸墓古墳、勝山古墳、そして、崇神、景行陵です。暑い日ではありましたが、曼珠沙華の咲き乱れる農道を自転車で走るのは快適でした。

現地の状況につきましては、ネット上にもさまざまな情報があふれており、ここで改めてご紹介する意味もあまりないと思います。そこでここでは、この地で何が起こったかということについて、私の感じたこと(独断によります推理)をご紹介したいと思います。 ... "磯城纏向の里で思うこと" を続けて読む

民族やナショナリズムをめぐっては、このブログでも8月の記事で姜(カン)氏と森巣氏の「ナショナリズムの克服」を読んだり、6月の記事では小熊英二氏の「単一民族神話の起源」を読んだりしております。 ... "わが意を得たり。塩川仲明著の「民族とネイション」" を続けて読む

本日は 姜尚中(カン・サンジュン)、森巣博著「ナショナリズムの克服」を読むことといたしましょう。 ... "姜(カン)と森巣著「ナショナリズムの克服」を読む" を続けて読む

最近歴史づいているこのブログですが、本日は、小熊英二著「単一民族神話の起源」を読むことといたしましょう。 ... "小熊英二「単一民族神話の起源」を読む" を続けて読む

本日は平日ですが、先週のブログでご紹介いたしました吉村武彦編著「古代史の基礎知識」につきまして書き溜めた内容をアップいたします。 ... "「古代史の基礎知識」を読む" を続けて読む

本日は、少々昔に発表された論文集ですが、竹内好氏の「日本とアジア」を読むことといたしましょう。 ... "竹内好「日本とアジア」を読む" を続けて読む

金曜日にご紹介いたしました、梅原猛氏の「神殺しの日本」に対する感想の追記です。 ... "梅原猛「神殺しの日本」への感想、追加です" を続けて読む

日本の良心ともいうべき梅原猛氏の「神殺しの日本」を読みましたので、感想などをご報告いたします。 ... "梅原猛「神殺しの日本―反時代的密語」を読む" を続けて読む

明るさを増す空の下、周囲の山間に烟る霧雨が雲のように見えます。

昨夜からかなりの雨が降ったとかで、内宮参道の玉砂利も、うっそうと茂る木々の葉も、埃を流して瑞々しい。二十分もそうして歩いて正宮を拝むと、一陣の風が眼前の布を吹き上げ、本殿がちらりと見えるのもあり難い。いかにも良い事がありそうな、伊勢参りでした。 ... "雨の晴れ行く伊勢神宮、、、" を続けて読む