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大成功だった日本のコロナ対応

小島勢二氏の10/17付けアゴラ記事「日本はコロナによる死亡を他の国と比較して抑制できたのか?」へのコメントです。


追加ワクチンの接種率がダントツの日本が、世界でもコロナによる死亡数が最も多い現実をどのように説明するのだろうか。

コロナによる死者は、圧倒的に、高齢者が多い、という事実を忘れてはいけません。

アジアアフリカ諸国の高齢者比率は非常に低く、これらの国の人口あたりのコロナ死が低いことは、ぜんぜん不思議なことではありません。また、経済的に豊かな国は、体の弱い人、基礎疾患のある人も生きていける。医療が進んだ国ほど、新しい病気の犠牲者が増えるという、皮肉な現象も、あり得ない話ではありません。(下図:元エントリーの図2)

一方、我が国のコロナ死が2022年以降に多かった原因は、世界的なコロナ流行開始の直後に感染する人が少なかったがゆえに、免疫を持つ人が少なかったから、と考えることもできます。

コロナ流行のピークを後にずらそう、ピークの幅を広くして集中的な感染者発生を防ごうというのは、我が国のコロナ対策の当初からの考え方でした。マスクをしたり、換気をして感染を防いでも、免疫がなければいつかは感染する。でも、ピークの幅を広げれば医療崩壊は防ぐことができる。流行を遅らせれば、治療法の進歩も期待されます。この作戦が、ズバリ的中した、というわけですね。


他の方のコメントに返信しました。そのほかにも関連するコメントや返信がありますが、これらは無視しても問題ないでしょう。

磯野靖雄

頭の悪い人のために、本論考の重要な部分を解説します。
マトモな方は読む価値はありません。

図4をご覧下さい。100万人当たりのコロナ感染死亡者数が、赤色で示した部分で、日本が最大値を示しています。ほぼ世界一番と言って良いです。

図5をご覧下さい。
初回(1、及び2回)接種率は、世界の主要国と日本は同レベルです。
2022年8月あたりから、追加接種(3回以上)の接種率が日本は世界一番です。

感染率、死亡率を下げる事が目的のワクチン接種が、同時に死亡率世界一番を誘導したように見えるという指摘が、この論考の主要な点です。


瀬尾 雄三

頭の悪い方にもわかりやすいように、本論考のおかしな点をご説明しますね。まともな方も、大いに読んで、頭が悪くならないように気を付けてください。

図4のグラフ(人口百万人あたりの死者)は、たしかに2022年に世界最大となっています。でも、他の国々はその前の段階で日本をはるかに上回る死者を出している。各国は、この段階に至る前に多数の感染者を生じて、自然免疫も多くの人が得ていたわけですが、同時に多数の犠牲者も出していた。

これは、累積の死者数で見れば一目瞭然。1/16厚労省発表の世界のコロナ感染状況から求めた百万人あたりのコロナ死者累積数は、米国3,361人、英国3,246人、韓国637人、ベトナム448人に対して、日本は497人となっております。日本のこの数字、韓国、ベトナム並ではありますが、米国、英国といった先進国の水準からは、はるかに下なのですね。

> 感染率、死亡率を下げる事が目的のワクチン接種が、同時に死亡率世界一番を誘導したように見えるという指摘が、この論考の主要な点です。

という説が、いかにでたらめかは、上の数字からでもわかるでしょう。我が国は、ピークを後送りした。それだけでは、自然免疫が獲得できないため、多くの人が後々感染し、その一定割合は死に至ることになる。これを防止するため、ワクチン接種にこれ努めた。その結果、世界でも最低レベルの累積死亡者数に抑え込むことに我が国は成功した。これが正しい現実認識です。


磯野靖雄

日本人(アジア全般)の感染者数が、コロナ禍初期に欧米より少なかった理由は、交差免疫、BCGの効果等が考えられています。すなわち、コロナ禍以前から、いわゆる自然免疫に恵まれていたわけです。欧米が感染者数、及び死者数を多く出して免疫を得た時点で、ほぼイーブン条件に並んでいた、と考えられます。

その後、欧米に比べて感染者、死亡者が増加した理由は、ワクチンの影響が疑われる、という論考です。
ゆっくりお休みになってから、考えて下さい。


瀬尾 雄三

> 日本人(アジア全般)の感染者数が、コロナ禍初期に欧米より少なかった理由は、交差免疫、BCGの効果等が考えられています。すなわち、コロナ禍以前から、いわゆる自然免疫に恵まれていたわけです。欧米が感染者数、及び死者数を多く出して免疫を得た時点で、ほぼイーブン条件に並んでいた(命題1)

> その後、欧米に比べて感染者、死亡者が増加した理由は、ワクチンの影響が疑われる(命題2)

命題1は、そのような説が唱えられたことは事実ですが、実証されたわけではありません。当初アジアにコロナの感染者が少なかった理由として、欧米とは異なり、ハグ握手キスなどをしないアジアの文化的な差やマスクの着用などもあり得たのですね。

命題2は、命題1が正しかった場合の一つの可能性に過ぎません。命題1が正しくない場合、初期の感染者が少なかったがゆえに免疫を持つものが少なく、遅れた時点で感染者、死亡者が増加することは不思議ではないのですね。

頭の悪い人には頭の良い人の思考が読めないのは当然ですが、頭の良い人、あるいは普通の人にだって、頭の悪い人の思考パターンは読みにくい。上の私の言葉が説得力を持たなかった場合は、大変に申し訳ありませんが、これら何れかの原因で齟齬が発生しているものとお考え下さい。


磯野靖雄

根本的に自然科学を理解しておられない。
実験、経験結果を並べて、辻褄の合う理屈をつける事が自然科学です。他にありえない筋道を考えるのです。
誰でも、見落としをする可能性はあります。色々な人が寄ってたかって、情報を持ち寄って、辻褄を合わせるのです。アナタには、その姿勢が見られません。


瀬尾 雄三

磯野靖雄さん

> 根本的に自然科学を理解しておられない。

「自然科学を理解」ですか。これは素晴らしい。そもそも、自然科学を『理解』している人なんているのでしょうか?

カントのプロレゴーメナという書物がありますが、これは、彼の主著「純粋理性批判」に対する反論として書かれたような書物なのですが、その主題といいますか全体に通底するテーマが「科学はなぜ可能か」という問題なのですね。

科学とは何かといった議論は、「科学哲学」という学問の扱う領域で、私も日本科学哲学会の正会員だったりいたします。このあたりのわかりやすい解説書として戸田山和久さんの書かれた「科学哲学の冒険」を一読されることをお勧めいたします。

今日の科学哲学の方法論として、ヴィトゲンシュタインの延長線上にある論理実証主義と、ポパーの反証可能性を要求する行き方があります。今日メジャーな立場は論理実証主義なのですが、ポパー流のダイナミックな考え方を支持する人も多い。ちなみに私も後者です。このあたり、議論すれば面白いのですが、このコメント欄では、スペースが不足です。また機会を見て議論いたしましょう。


磯野靖雄

瀬尾さん、ひとつお訊きしたい。
あなたはコロナワクチンを何回接種しましたか?
今後、新しい変異株対応ワクチンが出てきたら、接種する予定ですか?

私は初回セット2回接種しました。
その後、細菌感染症にかかり、5ヶ月入院しました。
手術や虫刺されといった、これといった原因が見あたりません。担当医も経験が無かったらしく、適切な治療が出来ずに症状が悪化し、大学病院に転院しました。すでに心臓弁に細菌が取り付いていて、心不全が起きてもおかしく無い状態でした。細菌感染症による体力消耗は想像を絶します。全く歩く体力を失っていました。できることは頭を動かすだけ。一日の全てを感染者数、死亡者数のデータ解析、及び免疫系の医学知識の勉強に充てました。医学、生物学は素人ですが、科学論文の執筆経験はあります。世間のワクチンに関する意見が、科学的に辻褄が合わない事は理解出来ます。


瀬尾 雄三

磯野靖雄さん

> あなたはコロナワクチンを何回接種しましたか? 今後、新しい変異株対応ワクチンが出てきたら、接種する予定ですか?

この手の個人的行動に関する質問は、「科学的」議論とは相当に隔たったものなのですね。そのほかにも、お前は何歳だ、とかね。そういうことを言いだすと、国籍だとか宗教だとか性別だとかで、「科学的」主張が異なってくるなどと言い出すのではないかな? それって、ぜんぜん「科学的」ではないのですね。科学はあくまで普遍的な真実を追求しなくてはいけません。

で、ここでの問題は、個別事象の普遍化といった議論で、子宮頸がんワクチンの場合に問題になった議論なのですね。つまり、ワクチンには副作用がある。その確率は、ワクチンが救う命に比べれば無視できる程度に低い。だけど、副作用を生じてしまった人においては確率100%なのですね。

で、副作用に苦しむ患者を見た医師が、ワクチンの危険性を主張する。これは当人の感情としてはやむを得ないことではあるのですが、その結果としてワクチンが忌避されると、救われたはずの多くの人が子宮頸がんを患い、子宮摘出の憂き目にあう。

ここで、正しい道は何か。何が「科学的」か、という問いが生じるのですね。結局のところ、個々の事象には深入りせず、全体としての統計的事実を考えるしかない。それがより多くの人を救う道だ、ということ。その子宮頸がんワクチン反対運動に対する反省があるから、今回のコロナワクチン反対運動に対する世間の風当たりが強いのではないかと思いますよ。

2023.1.16の厚労省発表の世界データを以下に示します。

櫟悠大

瀬尾さん  頭の悪い田舎者の質問です。根拠を示して教えていただけたら有難いです。

1 2020年の初めまで、欧米よりはるかに多い数百万人の中国人が日本に来ていました。つまり感染の可能性は欧米よりはるかに高かったのに実際はさざ波程度でした。これが、ハグや握手の習慣がないことで防げるなら、2021年以後コロナワクチン接種と同じタイミングでハグや握手の習慣が日本に激増したことになりませんか?

2 コロナが日本に入り始めた2020年初めの段階で、東京理科大の村上名誉教授の調査で、日本人の多くが新型コロナの抗体を持っていたことを報告しています。しかし発症者が少なかったということは、集団免疫ができていたことを意味することになりませんか?

3 欧米で多数の死者が出ていた2020年、日本の年間死者数は9千人ほど減りました。大きな要因としてインフル患者の激減がいわれています。大阪市立大学の井上名誉教授らはウィルス干渉によりインフルエンザウィルスが抑えられたと説明しています。これは、感染症の常識だそうですが、これを否定する根拠はありますか?

4 新型コロナは20年ほど前のサーズの親戚ですが、サーズの流行時、台湾では物を介して感染するとしてホテルのドアノブなどの消毒を徹底して抑え込んだそうです。新型コロナも物の表面に長く残存することや、トイレが感染元になっていることが指摘されていましたし、実際に下水の調査で実証もされています。つまり、ハグや握手以外で感染するということです。また、世界最多の人口密度の都心の電車通勤族で、感染爆発が起きなかったのはなぜでしょうか。

5 井上氏によれば、デルタ株以前はスパイク蛋白が腸のACE2にとりついて血栓を起こす悪性の風邪、オミクロンは激変して喉に感染する普通の風邪とのこと。しかし日本は軽度のオミクロンになってからの方が死者が多いのはなぜでしょうか?一番の変化はワクチンの頻回接種ですが。

6 死者の激増は日本の高齢化率が高いからだという指摘もありますが、2021年から突然日本の高齢化率が激増したという事実はあるのでしょうか。デルタ株までの方が悪性だったのに、オミクロンになったら高齢者がバタバタ亡くなるのはなぜでしょう。 コロナワクチンの頻回接種者は抗原原罪によりオミクロン用ワクチンを打っても、武漢型の抗体ができるそうです。この抗体は自分の体内でスパイク蛋白を産生させるもので、このスパイク蛋白が血管を傷つけ一気に老化を進める(玉手箱効果というそうです)と指摘されています。そうであるなら、ワクチンの頻回接種により高齢者が亡くなることは当然ではないでしょうか。


磯野靖雄

知っている人には、常識的な内容ですが、ひとまとめにして書いていただけると、誰にでもわかりやすくなります。ありがとうございます。


瀬尾 雄三

ご要望ですのでまとめてお答えします。ただし、今回限りです。

1.なりません。2.不明です。3.多くの人がマスクをして外出を控えた場合、インフルエンザに感染するリスクはどうなるでしょうか。4.ハグなど以外の感染経路を否定してはおりません。5.2022年は感染者が多かったことが死者の多かった原因です。致死率はさほど高くはなかったのですね。6.感染者の数が違います。

現象からその背景に潜む原因を考察する場合、全体を見ることが大事です。死者の数を見るなら、感染者数と致死率が問題になるのですね。

もう一つは論理学をきちんと学ばれることをお勧めします。∀と∃の世界を知ることが大事です。

なお、この手の質問に答えることは、むなしいだけです。普通に論理をわきまえた人なら、これらの質問の(少なくとも)いくつかは、無意味であることをすぐに見抜くと思います。先ずは、お近くの知恵者にチェックしていただくことをお勧めします。


磯野靖雄

瀬尾さん、未だに論議の流れがおわかりになっていない。
死者数の増加と、追加ワクチン接種回数が比例している、という観測事実から話が始まっています。ワクチン接種が、感染者数、死者数に影響を及ぼしている可能性が疑われる。それらを支持する考え方を櫟悠大さんがお示しになった。論理学の話では無い。事実を突き合わせているのです。


櫟悠大

瀬尾さん

凡人の想定を超えた回答をありがとうございました。
瀬尾さんのような賢人のコメントに対して失礼ですが、最初は唖然、次に苦笑、そして大笑いさせていただきました。

私の質問は、1と6は瀬尾さんのコメントをもとに、2~5は客観的事実をもとにしています。それに対する瀬尾さんの回答は、客観的事実による反論も論理的推論も皆無での論点ずらし、具体的内容といえば上から目線で論理学を学べですか。
多分こうなると思い、冒頭に「根拠を示して説明・・」と記したのですが、伝わらなかったようですね。

論理学は暇があったら読んでみますが、論理学を学んでも理性的判断ができるわけではなく、とても傲慢な人間になるのだと、よくわかりました。

せっかくですから、私からも推薦の一冊を。
「専門家の予測はサルにも劣る」 ダン・ガードナー著
題名はふざけていますが、科学者・専門家がいかにバイアスによって論理や予測を誤ってきたかを扱った本です。


磯野靖雄

「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用 (岩波現代文庫)

人文系の学者が、自然科学用語を使って、でたらめな理屈をこね回した、実例を示した著作です。
何の役にも立ちませんが、彼らの理屈を無視する気持ち、思い切りを後押ししてくれると思います。
ましてや、素人の賢人気取りも。


瀬尾 雄三

磯野靖雄さん

> 人文系の学者が、自然科学用語を使って、でたらめな理屈をこね回した、実例を示した著作

ポストモダン論者の問題は、今の反ワクチン論と同じ構造をしていることに気付かなくてはいけません。

構造主義に始まるポストモダンの基本的考え方は、20世紀末という大きな時代変化をとらえており、論壇の一大潮流となりつつあった。だけどこれが注目を集めると、えせ学者が流行に乗らんと、似たような議論を始めたのですね。

反ワクチン論も、優れて学術的な議論なのですが、この手の議論のベースとなる確率統計学を押さえておらず、さらには論理学のABCさえもよく理解していない人まで議論を始めてしまう。上の引用部と同じことをやっていることに気付かなくてはいけません。

電子的コミュニケーションは私のD論のテーマでもあり、議論の内容もさることながら、その構造というか、あり方といったものに興味を持っております。このスレッドも、一つの貴重なケースだと思います。お付き合いいただき、ありがとうございました。


磯野靖雄

全く具体性の無い、言葉だけが並んだ屁理屈を、良くもそれだけ並べることが出来ますね?「知」の欺瞞でやり玉に上げられた学者が、流行りに乗った新参のエセ学者だと思っているのですか?内容を読んだのですか?
年金を返納して、コンビニでバイトでもやってみると、世の中の人間の実力がわかりますよ。


櫟悠大

瀬尾さんのコメントより
<今の反ワクチン論と同じ構造をしていることに気付かなくてはいけません。>
<上の引用部と同じことをやっていることに気付かなくてはいけません。>
<お近くの知恵者にチェックしていただくことをお勧めします。>
どうやら瀬尾さんは、ご自身に赤の他人を諭す資格がある、と思われているようですね。「天は人の上に人を作る。それは(賢人たる)自分だ」とでも思われているのでしょうか。論理学も結構ですが、まず道徳を学ばれたらいかがでしょう。

私は瀬尾さんの回答の真意を、「こんな凡人から自分の説に異論を突き付けられたのに、根拠のある反論ができない。俺の自尊心が許さないので、論理学も知らないバカのくだらない質問は相手にしない、ということにして逃げよう」という意味にとりました(笑い)。悪しからず。でも実際、瀬尾さんの回答には論理的・具体的な反論は皆無で、抽象的な誹謗だけですからね。

できましたら確率統計学とやらを使って、2020年に日本のコロナ感染が少なかったのはハグと握手をしなかったから、2021年は前年比6万7千人、2022年は前年比13万人ほど死者が増えたのは高齢化率が高いからでそれ以外に理由はない、と論証してくれませんか。お待ちしています。


瀬尾 雄三

櫟悠大さん

> できましたら確率統計学とやらを使って、2020年に日本のコロナ感染が少なかったのはハグと握手をしなかったから、2021年は前年比6万7千人、2022年は前年比13万人ほど死者が増えたのは高齢化率が高いからでそれ以外に理由はない、と論証してくれませんか。

こちらは、論理学の問題です。∀と∃の違いを認識しなくちゃいけない、ということですね。

2020年に日本のコロナ感染が少なかった理由として私が「当初アジアにコロナの感染者が少なかった理由として、欧米とは異なり、ハグ握手キスなどをしないアジアの文化的な差やマスクの着用などもあり得たのですね」と書いたのですが。これを「ハグと握手をしなかったから...でそれ以外に理由はない」と読んでしまう。ここに論理性の欠如があるわけですね。

「論理的・具体的な反論は皆無」といわれますけど、そもそも論理の基礎部分に認識の欠如があるわけですから、論理の誤りや、ましてや具体的な議論などできよう訳がない。原理的な話はそれ自体「抽象的」な話にならざるを得ないのですね。

更には、こういう指摘を「誹謗」ととられるようでは、まともな議論ができるわけもないのですね。そして、普通の人は、上のような論理の誤りくらい、普通に理解しているであろう、(だから改めて指摘するまでのこともない、)ということもご理解ください。


櫟悠大

瀬尾さん

<「ハグと握手をしなかったから...でそれ以外に理由はない」と読んでしまう。ここに論理性の欠如があるわけですね。>
そんなことは、初めから分かっていました。ただ、人が何かの理由を挙げる場合は、まず、自分が一番納得する理由から挙げていくものです。瀬尾さんはハグ・握手以外の理由を挙げていません。従って、ハグ・握手が瀬尾さんの一押しの理由と判断して、あのように書いたのです。他の原因があるなら、どうぞ付け加えたください。

論理学がどのようなものであるか知りませんから、基礎部分云々には言及しませんが、科学は客観的事実をもとに考察するものでしょう。私は客観的事実と瀬尾さんのコメントをもとに質問しましたが、瀬尾さんの回答には客観的事実に基づく考察は皆無ですね。

私の最初の質問文は敬語も使い、全く普通の文章です。違うと思われるならその部分を指摘してください。
対する瀬尾さんの回答は
<論理学をきちんと学ばれることをお勧めします。>
<この手の質問に答えることは、むなしいだけです。>
<普通に論理をわきまえた人なら、これらの質問のいくつかは、無意味であることをすぐに見抜くと思います。>
<近くの知恵者にチェックしていただくことをお勧めします。>
これが普通に議論する人の言葉だと思われるなら、道徳だけでなく、常識と日本語の勉強もお勧めします。

瀬尾さんは、このサイトでよくコメントを書かれていますが、誰に向けて書いているのでしょう。普通の日本人で論理学を学んでいる人などほとんどいません。論理学を知らない奴は質問するなと言うなら、コメントの冒頭に論理学既習者限定、と書くべきでしょう。論理的にそうなると思いますが。


瀬尾 雄三

櫟悠大さん

> 人が何かの理由を挙げる場合は、まず、自分が一番納得する理由から挙げていくものです。瀬尾さんはハグ・握手以外の理由を挙げていません。従って、ハグ・握手が瀬尾さんの一押しの理由と判断して、あのように書いたのです。他の原因があるなら、どうぞ付け加えたください。

ここで「ハグ・握手」を挙げた理由は、それ自体が「他の原因」たりえるという指摘なのですね。つまりこの主張は、磯野氏の次の主張に対する反論として掲げたものですから。

> 日本人(アジア全般)の感染者数が、コロナ禍初期に欧米より少なかった理由は、交差免疫、BCGの効果等が考えられています。すなわち、コロナ禍以前から、いわゆる自然免疫に恵まれていたわけです。

つまり、「いわゆる自然免疫」が存在する可能性は否定していない。だけど他の可能性も考えられるから、自然免疫が存在すると結論付けることはできない、と述べているわけですね。

なお、当然のことですが、コメント欄の想定される読者は普通にこのコメント欄を読んでいる人です。ただ、私のコメントに対する批判があって、それが論理的な齟齬によるものであれば、その旨を指摘する。これは、一般の読者に対する注意喚起でもあるし、誤った反論をする人に対する指摘でもある。そして、今回指摘しているような論理の基礎は、おそらく多くの日本人が理解していると考えております。そうでないと、議論が成り立ちませんので。


櫟悠大

瀬尾さん

そうですね、交差免疫とBCGも挙がっていましたが、ハグ、握手と同様の反論ができるので忘れていました。訂正します。
交差免疫で初期の発症を抑えられたのなら、時間の経過、感染の拡大とともに本来の免疫に置き換わり、集団免疫になっていくはず。さらに国は2回のワクチン接種で集団免疫になると説明していました。なぜ、その後感染爆発したのでしょう?
BCGも同様、幼児に接種したワクチンが初期感染を抑えたのなら、なぜ2021年から突然効果が亡くなったのでしょう?しかも、これらはいずれも立証されていない仮説です。

しかし、村上教授の調査で2020年の初めに多くの日本人が新型コロナに対する免疫を持っていたと判明。コロナワクチンで産生されるスパイク蛋白が多量の血栓を誘発することは、早期にソーク研究所が報告、それらのスパイク蛋白が体内で悪さをしていることは高知大学などが報告しています。これらは客観的事実です。
論理学では、証明されていない仮説のほうが、客観的事実より重視されるのでしょうか?

<今回指摘しているような論理の基礎は、おそらく多くの日本人が理解していると考えております。>・・・これは瀬尾さんの希望的観測ですね。私は瀬尾さんより私の論考の方が多数の賛同を得ると思いますが、立証されていないので主張する気になりません。

<それが論理的な齟齬によるものであれば、その旨を指摘する。これは、一般の読者に対する注意喚起でもあるし、誤った反論をする人に対する指摘でもある>・・・自分は正しい賢人なので誤った人間を教え導くのが当然、ということですね。今回これほど長いやり取りの中で、事実に基づく記述が皆無の方が、他人を教え諭すのは傲慢というものでしょう。

私は日常、草刈り、薪割り、DIY、ボランティア、各地の歩き旅、時々仕事など、体を使って生きている人間です。具体的根拠のない、頭でっかちの空論に付き合っていると空しくなりますので、これにて失礼します。


瀬尾 雄三

櫟悠大さん

> <それが論理的な齟齬によるものであれば、その旨を指摘する。これは、一般の読者に対する注意喚起でもあるし、誤った反論をする人に対する指摘でもある>・・・自分は正しい賢人なので誤った人間を教え導くのが当然、ということですね。今回これほど長いやり取りの中で、事実に基づく記述が皆無の方が、他人を教え諭すのは傲慢というものでしょう。

議論というものは、誰が賢人でだれが愚かで、マウンティングしてるとか、そういった類のものではないのですね。あくまで批判の対象はここに書かれた文章であり、その内容が妥当か否かということ。そして、その誤りが生じた原因に特定の知識の欠如があるのではないか、という指摘なのですね。

一般論として、誤ったと思われる記述を見つけた時、特にその誤りを放置することが妥当でないと思われるときは、これを指摘するのは当然だし、特に名指しで書かれてしまっては、放置することも妥当でないと思われてしまいます。「事実に基づく記述が皆無」といわれるのですが、私が指摘している「事実」とは、論理展開に誤りがあるという事実ですから、この部分も問題ないはずです。

今回の議論は、元をただせば、コロナワクチンを打っても大丈夫なものなのか、危ないから打つべきではないのか、という議論であって、事実関係に一つ誤りがあると、人命にもかかわりかねない、注意して扱うべき議論なのですね。そうした議論に、論理展開の誤りがあるというのは、あまり放置してよい問題ではないと思います。この点は、この種の話題を扱う方には、共通して気を付けていただきたいと思った次第です。

とはいえ、前のコメントにも書きましたように、この議論はあえてするまでもなく、多くの方が誤りに気付いているものと思われます。櫟悠大さんにも上のコメントで訂正いただきましたこともあり、本件に関する私のコメントもここまでといたします。


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