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知(イデオロギー)が招く戦争

田原総一朗氏の5/29付けアゴラ記事「戦争はなぜ起こるのか:若い人たちと、とことん考えた田原カフェの夜」へのコメントです。


「偏見は無知から生まれる」。まさにその通りだ。政治家の戦略もあるが、偏見が生まれ、分断してしまうのは、やはり「無知」だからである。

「偏見は知から生まれる」が正しいのではないですか? 以前、青木保氏が「多文化世界」の中で紹介されたバーリンの言葉を引用しましたが、再度記しておきます。

イデオロギーは人間の理想を鼓舞する一方、人間性をおとしめたり抑圧したりする…社会改革のイデオロギーは常にプラスの方向、よりよいものであると捉えられていました。それはフランス革命以来、人間の理想の追求の一環として捉えられてきたからだと言えるでしょう。ただ、20世紀を振り返ってみますと、理想主義に貫かれたイデオロギーのもたらしたものは、結果的に反人間的な行いであり、価値の分断であり、ナチズムに象徴されるように、人類の一体化よりはむしろ人類の分断であり、抑圧であったと言えます。これは大変不幸なことだったと思います。

小熊英二氏は「単一民族神話の起源」の中で以下の指摘をおこなっております。無知では戦争はできない。戦争をするには、まず、イデオロギーを確かなものとしなくちゃいけません。

広島文理科大教授の清原貞雄は……日本民族の混合起源や渡来人血統の天皇家混入などをあげつつ、「わが帝国の人民は純粋の単一民族では無いといふこと」を述べている。そこには、家族国家とは概念的なもので、実際の血族関係でなくても同化が完成していればよいという説明がつけられていた。……こうして、国体論の再編成は完了した。混合民族論をみずからの内側に取り込むことに成功した国体論は、帝国内異民族の位置づけに悩まされることなく、無限の進出が可能となった。……亘理らの国体講演会が開かれた翌月、治安維持法による日本共産党の一斉検挙が行われ、大日本帝国は15年戦争にむけた準備の一端をととのえる。あとは、完全に帝国の論理の中に組みこまれた混合民族論が、侵略に貢献するときを待つばかりであった。

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