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真実(神)は人の心の内に宿る

長谷川良氏の7/26付けアゴラ記事「『神経神学』信仰はどこから来るか」へのコメントです。


この世界に存在するものとして、近年では物理的実体にのみ関心が集中しているのですが、じつは、情報的実体とでも呼ぶべき存在のあり方も忘れてはいけないのですね。ギリシャ時代の哲学者は、これを、物質的実体である『質料』とは別に、形状的、意味的、概念的実体である『形相』として、質料と同様に(むしろそれ以上に)その存在を重視したのですね。

このギリシャ人の考え方は、当時街中に置かれていた彫刻に触発されたもので、彫像という存在を、大理石である『質料』と、それが表しているビーナスなりアポロンなりという姿かたちである『形相』の二つの存在のあり方として理解していたのですね。

このような考え方は、今日の世界でも、著作権などで一般に認められております。つまり、本なら本、DVDならディスクという物理的実体と、そこに描かれた物語や画像、文章表現を、前者である「有体物」に対応する、後者を「無体物」として、著作権法の保護対象としているのですね。

そして面白いことに、ヒトの精神機能や神も、じつは無体物として存在し、これらは、有限な物理的実体を超えて、無限の寿命を持つことができる。つまり、作者が死んでもサザエさんやドラえもんは無限の命を持つのですね。

そしてなんと、あのデカルトも、「広がり」としての存在の他に、ヒトの精神内部で意味を持つ「属性」としての存在を認め「神は属性として存在する」と語っております。こういう考え方で、霊性や神の概念と自然科学の双方を矛盾なく理解することができるように、私には思われるのですが。

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