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倫理観は個人の独立性尊重から

八幡和郎氏の4/6付けアゴラ記事「小林製薬をアベガーと反ワクチン陰謀論者が弄ぶ不見識」へのコメントです。


J&Jは、大したものです。日本企業のOur Credo(我が信条)に対応するものとしては、電通の鬼十則が知られていますが、体育会系と言いますか、少々恥ずかしいものがあります。ちなみに責任三ヶ条などというもの同じ系統で、裏十則、戦略十訓は少々問題ある内容ですが、こちらはパロディー版と理解しましょう。https://www.crm-agent.biz/media/dentsu10soku/

J&Jの信条は、社員に対するものですが、米国の計算機学会(ACM)の倫理綱領は、各国の学会の倫理綱領のお手本になるような、立派なものです。米国の研究者(というか、日本以外の(先進国の?)研究者も同じだと思いますが)おのれの専門能力に誇りを持ち、おのれの自覚と責任のもとに行動するという傾向がありますので、それぞれが独自の倫理観というものを持っている場合が多いのですね。http://www.ethics.bun.kyoto-u.ac.jp/fine/tr1/03sasaki-yu_a2.html

一方、日本の研究者にはこれがあまりない。特に企業の技術者、研究者には、倫理観というものが相当に不足しているように私には思われます。これは、小林製薬もそうですが、その他の企業不祥事に際して常に感じられるのですね。

で、その根源的理由が、日本の雇用制度にあるかもしれないということを、数日前の城繁幸氏のアゴラ記事で思い至りました。つまり、「日本の賃金制度は非常に特殊で、業務内容を限定せずに採用、なんでもやらせつつ勤続年数に応じて処遇を決める」年功賃金制度というものがあるというのですね。https://agora-web.jp/archives/240321070535.html

これって、社員を専門家として見ているのではなく、ただの頭数としてみている。まあ、軍隊であれば、普通の人が軍人としての専門能力など持っているはずもありませんからこれでも良いのでしょうが、今日の進歩した科学技術の時代に、社外で教育を受けた技術者の能力を見ないというのも大問題。これも含めて、我が国の雇用制度には、大幅な改善が望まれるところでしょう。

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