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超過死亡と『風邪は万病の元』

池田信夫氏の11/28付けアゴラ記事「【更新】なぜコロナ死者の2.5倍も『超過死亡』が出たのか」へのコメントです。


インフルエンザによる死亡者とインフルエンザ流行期の超過死亡者数に関しても、かなりの倍率で乖離が認められており、コロナとインフルエンザが類似した症状を示すことから、同様な(ないし類似した)メカニズムが働いている可能性は高いように思われます。

インフルエンザによる超過死亡者数に関しては、古くから研究がおこなわれておりますので、まずこちらを押さえた上で、コロナに関して議論されるのが良いのではないでしょうか。

疫病に関しては、ウイルスと人体を含む生命現象が複雑なら、医療システムを含む社会も複雑で、これらを動かす人の心もさらに複雑であって、それぞれに無数の因子が作用しております。

他の同じような現象を見れば、コロナに関しても、「まあ、こんなものだろう」程度の考察が無理のないところではないかと思うのですが、、、


(11/29:コメントを追加しました。)

あまり難しく考えることもないように思うのですが、、、

「風邪は万病のもと」と言いますが、「インフルエンザも万病のもと」、「コロナも万病のもと」ということじゃないでしょうか。

つまり、風邪をひくと体力を消耗する、抵抗力が低下する。この結果、他の病気を触発する原因となる、というメカニズムですね。コロナから完全に回復して他の病気で死ねばそれはコロナ死にはカウントされないのですね。

体力のない老人が多く犠牲になることもありそうなことですし、その死亡原因が「老衰」とされることだってありそうなことです。まあ、肺炎や循環器系の疾患だって増えそうですから、何とも言えないのですが。


返信がついております。

磯野靖雄

コロナから回復する程の体力があって、かつ死亡する事が、不思議に思わないのですか?


瀬尾 雄三

磯野靖雄さん

>コロナから回復する程の体力があって、かつ死亡する事が、不思議に思わないのですか?

これを不思議に思うことが不思議に思えます。材料の強度試験かなんかと勘違いしているのかな?

風邪やインフルエンザもそうなのですが、回復する人も、回復する過程で体力を消耗する。弱った体は他の病気にもかかりやすいし、重篤化しやすい。このため、普通なら治る病気にかかったときも死に至る可能性が高まるのですね。

「風邪は万病のもと」ということわざは、伊達ではない。インフルエンザも、インフルエンザによる死亡者の数倍の超過死亡があるといわれております。コロナもそうだけど、流行期がわかっている病気だからこの差がわかるわけですね。

実際のところでは、他の病気にしたところで、同じではないかと思いますよ。ワン・ツーパンチでノックアウトというのは、ボクシングもそうですけど、企業経営の世界でも、似たようなもの。ごく普通のことだと思うのだが、、、


磯野靖雄

既往症をお持ちで、死の淵に居るような方が、コロナに罹患したら、コロナの回復を待つこと無く、死亡するだろうという推察は自然な事ではないか?という疑問です。

もちろん、統計的なデータを取らなければ、明確な結論は出ませんね。しかし、常識的直感を捨てては、ロクな結論には至らないと思います。


瀬尾 雄三

磯野靖雄さん

> 既往症をお持ちで、死の淵に居るような方が、コロナに罹患したら、コロナの回復を待つこと無く、死亡するだろうという推察は自然な事ではないか?という疑問です。

「(a) コロナの回復を待つことなく死亡する人」もいるでしょうけど、「(b)コロナから回復して死亡する人」もいるでしょう。

b=0とする根拠は何でしょうか?

コロナの致死率の低さを考えると、多くの人はコロナ以外の病気で死んでいく。その死亡率を、コロナに感染したことが、多少なりとも高めるであろうことは、容易に推察されるところです。

「風邪は万病のもと」というのは、つまりそういうことを指した諺ではないでしょうか?


磯野靖雄

いつもの論旨の転換ですね。本当に学位が取れたのですか?


瀬尾 雄三

磯野靖雄さん

> いつもの論旨の転換ですね。本当に学位が取れたのですか?

論証には、あらゆる観点から見て(つまりは反対意見の論旨を転換しても)、きちんと論理が通ることが要求されます。

たしかにワクチン接種と[超過死亡-コロナ死]の間に相関が認められたら、ワクチン接種が超過死亡の原因である可能性はゼロではない。しかし、その他の要因とも相関があれば、いずれが真の原因であるかをふるい分ける作業が必要となるのですね。そのステップが、ここでの論証から欠け落ちている。これは、科学的議論として致命的な点なのですね。磯野さんも学位を取得されたらそういうことがわかるようになります。ぜひともお取りください。

そもそも、コロナの致死率は、ワクチンを接種していれば90代の高齢者でも1%程度なのですね。99%の高齢者はコロナに罹患しても生き残ってしまう。しかし、90代の老人の多くは、体のどこかに問題を抱えている。体調を崩せば死に至るリスクも高いのですね。ここでの議論には、相当な無理があると、直観的に気付かなくてはいけません。


磯野靖雄

既往症をもった老齢者が、コロナ感染をした場合、
感染(と医師が把握した状態)のまま死亡する確率と、
感染が回復(PCR陰性と同等)した後に死亡する確率の、どちらが優位か?という議論です。
睡眠は取られていますか?

学位の取得?で変わるような話なのですか?


瀬尾 雄三

磯野靖雄さん

> どちらが優位か?という議論です。

いえいえ、必ずしも優位である必要はありません。「感染が回復(PCR陰性と同等)した後に死亡する」人がいれば、それがすなわち[超過死亡-コロナ死]に加算されるわけですね。

この他にも、これと同様の効果を与える要因があれば、それらのすべてが、この差に加わります。(まあ、直観的には、上の議論だけで十分なような気がしますけどね。)

だから、ワクチン接種が超過死亡の原因であることを主張するためには、これらの要因に基づく死亡をすべて加算しても、超過死亡が説明できないことを立証しなくてはいけません。(これは必要条件であって、十分条件ではないことにご注意ください。)

学術的な論証とは、結構大変なものであること、学位をとるような人にはわかるはずですけど、そうでない人も、きちんと査読の通った学術論文を読み込んでいけば、ご理解いただけるのではないかと思います。頑張ってください。


磯野靖雄
馬鹿な理屈も休み休みにしてください。

コロナ感染がきっかけで、回復した後に既往症の悪化を招いて死亡した場合、感染後の医療に問題がある。老齢者が病院を忌避しない、行きやすい環境を作り、細心の注意で彼らの診療に当たらなければならない。

コロナに一切感染しないまま死亡した人数が、超過死亡になっている場合、コロナ以外に死亡たらしめる理由が新たに生まれた事になる。
コロナ患者の数、及びワクチン接種のタイミングと相関がある。早急な原因究明が求められる。

対策法、問題の本質が全く異なる。だから、こうして激論が交わされているのです。
子供並の屁理屈は、控えて頂きたい。


瀬尾 雄三

磯野靖雄さん

> コロナに一切感染しないまま死亡した人数が、超過死亡になっている場合、コロナ以外に死亡たらしめる理由が新たに生まれた事になる。コロナ患者の数、及びワクチン接種のタイミングと相関がある。早急な原因究明が求められる。

疫病流行の際の超過死亡数が疫病死を大幅に上回る例は、コロナに限らず、インフルエンザでも一般に認められております。だから、コロナに関して似たようなことが起こっても、そうそう驚くような話ではないのですね。http://idsc.nih.go.jp/iasr/20/238/dj2382.html

超過死亡に関するコロナとインフルエンザの類似については、このスレッドの最初の方で指摘しておきました。類似する現象に対する既往の研究をチェックすることも、学問のイロハです。


磯野靖雄

インフルエンザ、及びその影響で死に至った患者数は、超過死亡数で判断することが望ましい。インフルエンザによる死亡、という医師の診断書だけから判断すると、過小見積もりになる。だから、超過死亡数の推計は大事なのですよ、と言っていますね。

それが、どうかしたのか?


瀬尾 雄三

磯野靖雄さん

> それが、どうかしたのか?

ここには、「インフルエンザで死んだ人」の他に、「インフルエンザの影響で死に至った患者」がいる、と書いてあるのですけどね。まあ、わかりにくいことは、その通りかもしれません。

それでは、橘とも子、箕輪眞澄「インフルエンザによる超過死亡」公衆衛生研究, Vol.48, No.4 (1999)をご紹介しましょう。こちらの記述の方がわかりやすいかもしれません。ここには、以下のようにはっきりとその違いが書かれています。https://www.niph.go.jp/journal/data/48-4/199948040004.pdf

> また、人口動態統計によるとインフルエンザを原死因とする死亡者は約1,200人(平成7年)と報告されているが、インフルエンザの流行による超過死亡は、専門家によると数千人から1万人程度と推定され、

ここで、インフルエンザによる死者数は年ごとに大幅に異なり、2~3,000人/年としている文献もあります。この時の超過死亡は1万人程度としており、このあたりの数字は必ずしも一定ではない。だけど、インフルエンザによる直接の死者をはるかに上回る人が、インフルエンザに起因する他の病気で亡くなっているという事実には変わりないのですね。


磯野靖雄

超過死亡数推計は、インフルエンザ流行を測る指標として、有用だそうだ。

それがどうかしたのか?


瀬尾 雄三

磯野靖雄さん

> 超過死亡数推計は、インフルエンザ流行を測る指標として、有用だそうだ。

大事なポイントは、「インフルエンザを原死因とする死亡者数」と「インフルエンザ流行に伴う超過死亡数」の間に数倍の開きがある点なのですね。

それはなぜか。最初にご紹介した文献には「肺炎死」を加える必要があるとしている。後で紹介した文献では、「呼吸器疾患死亡」としておりますが、これも「肺炎」ですね。コロナもインフルエンザと似た病気なのですが、コロナの場合には何も加えなくてよいとする理由はあるのでしょうか? 

このエントリーで紹介されている超過死亡者の死因は、循環器系の疾患、老衰、呼吸器系の疾患が、コロナ以外の特定された三大死因です。呼吸器系疾患は、インフルエンザと共通する死因ですが、その他の二つは、コロナで重篤化するのが高齢者に多いことと関連がありそうです。若い人は老衰などにはなりませんし、歳をとれば血管もボロボロになっている人が多いですから。

「その他」も非常に大きいことが注目されます。これは、一般論として、コロナ罹患により体力を消耗した結果、他の多くの病気に対する抵抗力を失った、といったメカニズムも考えられるところです。もちろん、医療資源ひっ迫による死亡率の上昇といった要因も無視できないわけですが、いずれにせよ、超過死亡の原因として、ワクチン接種以外にも多数考えられることに変わりはないのですね。


磯野靖雄

あなた障害があるのじゃないか?
インフルエンザの臨床診断には、ウィルスの同定は行われない。PCR検査は行われないのだ。だから、医師の死亡診断書にインフルエンザと書かれる事は、実際のインフルエンザ死よりはるかに少ない。精度が悪いと言っているにすぎない。

屁理屈、小理屈、夜中にいつまでこね回しているのだ?
キ◯ガイ


瀬尾 雄三

磯野靖雄さん

> キ◯ガイ

この議論もそろそろ打ち止めにしておいた方がよさそうです。この手の議論の場は、主張を相手に伝える、ないし説得するという意味もゼロではないのですが、その他の多数の読者への情報提供という意味が主なのですね。この目的は既に十分果たされたものと判断いたします。

私がここでしつこく書いているのは、ワクチン有害論に対する反論のつもりで、この有害論はこのエントリーの主な主張ではなく、軽く触れられているにすぎないのですが、これに触発されたコメントに、この手の意見が多いことから、一言書いた次第です。

ワクチン有害論の問題については、このコメントの上にあります別コメントをご参照ください。コロナワクチンも、効果と副作用に関する厳重なテストを行い、公的機関の認定を受けて使用されている。きちんとした科学的、統計的検定もないままに、ごく一部のデータでこれを否定してしまうことは、益よりも害の方が多い。

検索エンジンが、コロナに関する議論のページを検索対象から外しているのも、一応の根拠はある。怪しげな説が蔓延してしまうような状況は、魔法医や占星術が大手を振っていた中世に逆戻りしてしまうのですね。まあ、そういった危惧も、心の片隅に持っていた方が良いと思います。長い議論にお付き合いありがとうございます。


そしてもう一つコメントを追加しておきました。(12/3)

最近アゴラでも根強い「反ワクチン論」に対する異議申し立てとして、朝日新聞の書評『10万個の子宮―あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか [著]村中璃子/反共感論―社会はいかに判断を誤るか [著]ポール・ブルーム』をご紹介しておきますね。https://book.asahi.com/article/11609936

子宮頸がんワクチンへの根強い反対論のため、厚労省は接種推奨を撤回し、接種率は70%から1%へと激減したのですが、これによる将来の子宮頸がんの発生は相当数に上ると予測されているのですね。そしてそれによる死亡者も増大するはずです。

ワクチンに対する現役医師の反対は、ワクチン接種後に苦しむ患者を見れば無理もないことではあるのですが、ワクチン接種との因果関係も立証されておらず、仮にそれがあったとしても、子宮頸がんのリスクと副作用のリスクを比較検討する科学的手続きを飛ばしたワクチン反対論には、むしろ害の方が大きい。

これを上の書評は「反共感論」と絡めて論じているのですね。つまり自らの置かれた特殊な条件下での感情を一般的な議論に拡張することは社会的に有害である場合が多い。

この手の人の生命にもかかわる議論にはあくまで、科学的手続きを経た、統計的な有意性を把握したうえでの議論が必要だ、ということ。これをアゴラでの議論に際しても、気を付けていかなくてはいけないと思います。


引用は、こちらの文献の方が良かったかもしれません。P296左段下の部分に次の記述がなされています。

また、人口動態統計によるとインフルエンザを原死因とする死亡者は約1,200人(平成7年)と報告されているが、インフルエンザの流行による超過死亡は、専門家によると数千人から1万人程度と推定され、

橘とも子、箕輪眞澄「インフルエンザによる超過死亡」公衆衛生研究, Vol.48, No.4 (1999)

ブログにコメントがついておりますので、こちらでお答えいたします(12/6)。

ここでご紹介した文献は、インフルエンザへの対応は、インフルエンザを原死因とする死亡者だけではなく、超過死亡まで考慮の上で策定しなくちゃいけないと主張している点は、磯野さんのコメントの通りです。

でも、文献というものは、そこに書かれた様々な情報を利用する目的でも使用することができるもので、必ずしも文献の著者の主張に基づいて論を展開するために使うだけのものでもないのですね。だからここに記述された事実【インフルエンザを原死因とする死亡者が1200人】の時に【インフルエンザ流行に伴う超過死亡数は数千人から1万人】であったという事実を利用することは、ごく一般的に認められております。

ここで面白い点は、インフルエンザの場合に「インフルエンザを死因とする死者」と「超過死亡」の比率が1:5~8程度だという点で、コロナであげられた1:2.5の二倍以上の超過死亡が発生しているという点なのですね。

たしかに磯野さんがご指摘されるように、コロナが疑われる場合には検査が行われ、コロナウイルスが検出されればコロナ死としてカウントされる。だから、コロナ死の比率が高くなることは納得のいくところです。しかし、コロナ患者がコロナウイルスを放出する期間は10日程度であり、通常の衰弱死が1か月などの長期の療養の末に亡くなる例が多いことを考えますと、コロナウイルスが検出されない可能性もさほど低くはない。上の、超過死亡数の倍率がインフルエンザの1/2~1/3程度というのは、おさまりの良い数字のように思われませんでしょうか?

3 thoughts on “超過死亡と『風邪は万病の元』

  1. 磯野靖雄

    全くのデタラメ屁理屈。

    少なくともコロナ禍の起きる以前では、超過死亡数推計は信用が出来るインフルエンザ蔓延を測る指標だった。この論文はその様に言っている。

    したがって、コロナ禍においても、超過死亡数は「通常ではあり得ない」死亡者数とみなせる可能性がある。
    しかし、コロナでも、インフルエンザでも説明のつかない超過死亡数が生じている。
    これは異常事態として、放置してはナラナイ。

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  2. 磯野靖雄

    橘とも子、箕輪眞澄「インフルエンザによる超過死亡」公衆衛生研究, Vol.48, No.4 (1999)

    「P296左段下の部分」の記述を正確に解説します。

    1993年(平成5年)にベルリンで開催された第7回ヨーロッパインフルエンザ会議では、新型インフルエンザウィルス(引用者注:A型インフルエンザH1N1)による汎流行が発生した場合、国民の25%が罹患発病すると仮定して行動計画を策定するよう勧告が出されている。この仮定(全国民の25%が新型インフルエンザに罹患)に基づいて、健康被害を試算すると、我が国では合計で約3,200万人の患者が発生することになる。また、人口動態統計によるとインフルエンザを源死因とする死亡者は約1,200人(平成7年)と報告されているが、インフルエンザの流行による超過死亡は、専門家によると数千人から1万人程度と推定され、さらに汎流行の際には最低でも3万人から4万人に達する可能性があると考えられている。新型ウィルスによるインフルエンザの流行が発生した場合にも超過死亡を流行監視に用いれば指標の継続性が保たれ、有用と思われる。
    =============================================================

    A型インフルエンザH1N1の出現に伴う、死亡者の発生を予測して、行動計画の策定を勧告した文章だ。
    実際、平成7年の超過死亡者は1,200人だから、十分に軽微な発生状況だったと言う事だ。
    すなわち、超過死亡推計を用いて、インフルエンザ流行を監視する手法は、有用だと述べている。

    この論者は、恐らく恣意的に世論を誘導しようとしているデマインフルエンサーか、または知能に問題のある人物だろう。

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