コンテンツへスキップ

後がない日本検察・司法の改革

アゴラ編集部の8/13付けアゴラ記事「英国裁判所が日本への容疑者送還を拒否:見下される日本の司法制度」へのコメントです。


先月7/23付けの郷原氏のエントリー「会長追放クーデターから始まった日産のガバナンス崩壊」にもコメントを付けましたが、我が国の検察は国際的に信用されていない。日本人の一部は、韓国検察の不公正さを軽蔑しておりますが、日本の検察だって、国際的には相当に馬鹿にされている。

なぜこんなことになってしまったかといえば、第一に責任を負うべきが検察自体であり、検察官の傲慢と増長に問題があることは言うまでもないのですが、これを監視・批判すべきジャーナリズムが検察と癒着していることも大きな問題なのですね。

つまり、新聞社は検察からのリーク情報を期待するがゆえに、検察に対する批判を抑制する、ジャニーズのセクハラ事件を伝えなかったこととも相通ずる、ジャーナリズムの使命を忘れて利益第一に走ったが故の問題でもあるわけです。

かつての先進国は、経済的に豊かであることがその条件とみなされておりましたが、世界全体が豊かさの面で肩を並べるに従い、人権を含む価値観の共有が、先進国の条件となりつつある。その反対側にある権威主義の国家に対して自由主義の国家が対置されるようになってきた。

この時、日本がどちらに位置づけられるか、あるいは未成熟な国家とみなされるか、これは今後の我が国の行く末を決める大きな問題であると思います。まずは、検察官の自省が大事であるとは思いますが、これを管理監督する政府にも、あるいは権力を監視すべきジャーナリズムにも、それぞれの役割が求められてしかるべきところでしょう。


それにしてもこのエントリーについている別のコメントで、「横山ゆかりちゃん事件」は、恐ろしいですね。これ、冤罪で人一人を死刑にしてしまった可能性があると。そして、これをしでかしたがゆえに、真犯人と思しき人物が野放しになっている、と。

もちろん、この主張が真実であるのかどうかはわかりません。ただ、書かれた内容を見る限り、かなり事実に近いとの印象を受けます。こうした事件は、きちんとした形で真相を解明しませんと、検察に対する疑いは、いつまでもくすぶり続けてしまいます。

日本がまともな国として国際的尊敬を勝ち得るためには、このあたりの問題にきちんと片を付ける必要がありそうです。そうしない限り、我が国は二等国扱いされてしまう。少々さみしい話ではないか、と思う次第です。

1 thoughts on “後がない日本検察・司法の改革

コメントは停止中です。