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「失われた30年」から復活の道

中村仁氏の2/24付けアゴラ記事「本当の姿が見えにくい『史上最高値の株価』の虚実」へのコメントです。(追記あり)


日本国債の発行残高は財務省のHPなどで簡単に見ることができますが、1975年頃より始まり、1995年以降に急増しております。その理由は「円高不況対策」でして、1985年のプラザ合意以降の急激な円高により輸出産業が軒並み不調におちいったことを受けてのものだったのですね。
https://www.mof.go.jp/zaisei/financial-situation/financial-situation-01.html

その後、小泉改革でいったん発行残高がフラットになったものの、平成20年代に入って再び増加しております。これは、リーマンショックを受けてのもので、民主党政権のせいとは申しませんけど、黒田総裁が全部悪いわけでもないことはご理解ください。要は、円高不況が30年以上の長きにわたって続いており、この対応として国債の発行残高も増えている、ということなのですね。

ドル円の妥当なレートに関しては、プラザ合意の頃は165円/ドル程度と考えられておりました。これは、日本の電機、自動車産業が強かった時代で、現在の日本企業の国際競争力は当時よりも低下しており、もう少し円安のところにバランス点があるのではないかと思います。そういう意味では、150円/ドルという現在のレートは、引き続き円が強めということができるでしょう。これにつきましては、この先、あまり手出しをせずに、落ち着きどころを探るのが妥当な対応でしょう。

日銀の国債保有は、少々多いことは事実だけれど、これは日銀に問題があるというよりは、日本政府の赤字の問題であり、経済が不況を脱すれば増税により累積した財政赤字を減じることができるでしょう。これは、政府の問題であり、民主党政権時代にも同じことがおこなわれていたことを指摘しておきます。

現在の円安は、日本経済の劣化具合が無視できないところまで来たことが原因であり、この事実を率直に認めて悪あがきはせず、落ち着くところを探る、これが日本経済を破局に導かない唯一の道だと思います。


(2/25追記)本件、ブログ限定で解説を加えておきましょう。

まず、次の部分です。

株価だけをみて「史上最高値」とはやすには、日本の経済指標がなんとも、ちぐはぐな姿を描きだしています。日本のGDP(国内総生産)はドイツに抜かれた4位に転落、日銀が株式市場の筆頭株主であるという奇形な姿(株価下支え機関)、日銀が500兆円以上の国債を保有(大量の資金注入機関)などをみるにつけ、何が日本経済の本当の姿なのかと考え込む。

日銀が国債を保有することは不思議なことではありません。中央銀行は紙幣を発行する機能を持つのですが、紙幣発行残高は貸方、つまり、負債と同じ扱いになるのですね。従って、貸借対照表をバランスさせるために、発行した紙幣に対応する資産を借方の側に持たなくてはいけない。これに最も好適な資産が国債で、発行元が自国政府だからつぶれる心配はない(国がつぶれるときは中央銀行も存続し得ない)、満期まで保有するなら値下がりして損する恐れもないのですね。

アベノミクスで日銀の保有資産が増加したのも当たり前の話で、この時行われましたのが「異次元金融緩和」、市場に大量のキャッシュを供給したのですね。供給したキャッシュに見合って日銀に還流した資産が国債であったことは、全く正当な行為であったわけです。

なお、市場に供給したキャッシュの一部(多く?)は、銀行預金となり、銀行はその多くを日銀に置かれた当座預金に預ける。日銀が供給したキャッシュはこういう形で日銀に還流し、紙幣発行残高を相殺してしまうのですね。でも、市場サイドから見れば、国債という流動性の低い資産が銀行預金という動かしやすい資産に変化したわけで、市場に資金を供給するという日銀の目的は、一応は、果たされた形となっております。

日銀が国債を保有することには、さほどの問題はない一方で、日銀がETFを保有することは少々(かなり?)問題があります。なぜ日銀がETFなどを買い入れたかといえば、日銀が大量の国債を買い入れた結果、市中に出回る国債が不足したからなのですね。ETFは、幸いなことに、現在は値上がりしており、巨額の含み益を日銀は保有している。でも、値上がりする可能性がある一方で、値下がりする可能性もあるわけで、そんな危ないマネを中央銀行がしてはいけない。

おそらく、市場にキャッシュ供給の必要が低下した段階で、日銀はまずETFの売却を開始するのではないかと思います。もちろん、市場に動揺を与えない程度の少額を継続的に行う形となるのでしょうが、これにより日銀が得た利益は政府に還流されるわけで、悪いことではありません。

その他、日銀が国債を買い入れる弊害として、政府が際限なく国債を発行できるようになる、財務規律が失われるという問題が語られております。これにつきましては、アゴラへのコメントに述べましたように、国債発行残高の増加は、アベノミクスで加速されたわけでもなく、それ以前から起こっていたこと。財務規律云々は、この際関係ない話なのですね。

財務規律以前に、国債発行残高を急増させた原因は、円高不況対策にありました。昨今の円安(正確には為替レートの適正化)は、円高不況を終焉させ、その対策としての財政支出を不要とすることが期待されます。そういう意味では、アベノミクス(+キシダノミクス)は、財政の正常化にも功を奏すだろうと言えるでしょう。

なお、小泉政権の時代にも国債発行残高の増加に歯止めがかかっております。これは、今後の政策を考えるうえで、一つの参考になるでしょう。この時代、郵貯改革に象徴される、既得権益の廃止を含む改革が行われようとしていたのですね。いわゆる「聖域なき構造改革」、小泉行財政改革とも呼ばれた意欲的な政策です。

しかし、この手の改革は国民には不人気だし、既得権益層の反発を招く。特に代表的な既得権益層の一つが、マスメディア各社であり、正社員を組織化する労働組合であったことは、この政策に対する国民の支持を失わせんとの動きが出ることも当然でしょう。これが、小泉政権後の自民党政権を改革路線から遠ざけ、最後には小泉改革の正反対を行くような民主党政権に至る原因となったのではないでしょうか。

ただ、民主党政権の経済政策は、極端な円高を招き、国内生産工場の海外逃避(空洞化)を進め、国内の雇用を失わせ、貿易収支のとめどない赤字化を招くことになりました。さすがの国民も、この危なさに気付いた結果が、安倍自民党政権への復帰と自民党一強時代を招いたということでしょう。

この歴史の延長上に今がある。リーマンショックと民主党政権時代のどん底から日経平均の史上最高値に至る、日本経済リカバリーへの道は、甘利越えが最初の挑戦でした。それから長い道のりでした。この道は、これからも歩み続けなくてはいけません。

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