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山崎毅氏の3/8付けBLOGOS記事「濃厚接触情報の公表は区別のためで、差別のためじゃない…」へのコメント

山崎毅氏の3/8付けBLOGOS記事「濃厚接触情報の公表は区別のためで、差別のためじゃない~感染拡大防止/リスク低減には市民の理解が必要~」にコメントしました。


| いまだに電車の中でマスクを着用しない方々は
| 自分が感染者でないとなぜ言えるのか、周りの
| 市民からどんな風に映るのか、よく考えていた
| だきたい。

この、マスクをしない人を白い目で見る、というのは、止めませんか。

日本国内で感染が確認されているのは350人弱。全員を検査しているわけではないですから、実数がその3倍としても1000人ほどなのですね。

その意味するところは、1億人の日本の人口から見ますと10万人に一人が感染者という計算になります。

普通の人は、まず、感染などしていない。そして街中で出会う人の中にも、ほとんど感染者などいないのですね。そういう低確率を意識しつつ、それでもマスクをするのは、万一に備えてのことであり、自分自身の安心のため、という意味合いが強い。

少なくとも、熱や咳といった症状がなく、感染者と接触する可能性も全くなない、そういう人は、マスクを着用する必要などないのですね。

仮に、咳が出る人も、咳が出そうになったらハンカチなりティッシュで口を押さえればよい。マスクをしていたからといって、感染が完全に防止されるわけでもないのですね。

問題は、マスクをしない人を白い目で見る人がいるものだから、必要のない人までマスクをして、マスクが品不足になること。マスクの必要な人にマスクが回らないことなのですね。

とはいえ、マスクをしている人を白い目で見るのもこれまた問題で、咳をしている人を警戒してのことかもしれませんし、まかり間違うと、本人が感染者かもしれない。

まあ、ここは、他人のすることに過度に干渉せず、おおらかに過ごしたらよいのではないかと思いますよ。

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