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自由人氏の5/8付けBLOGOS記事「新型コロナウイルスの常識破壊【死生観のパラダイムシフト】」へのコメント

自由人氏の5/8付けBLOGOS記事「新型コロナウイルスの常識破壊【死生観のパラダイムシフト】」にコメントしました。


戦争がなければ人は死なない、なんてことはありません。平和な時代であっても、日々多くの人が亡くなっているのですね。

死生観に関して、日本と欧米に大きな差があることは事実です。

日本(東洋思想、特に南方系の東洋思想)では、ひとは自然と一体であるとの意識が強く、生きている間にいろいろと頑張ることは大事だけれど、やがて迎える死は、大地梵天に抱かれた大いなる眠りといったとらえ方をされる。だから、死に際して、じたばたする必要はないのですね。

野ざらしを心に風のしむ身かな、そう思って生きていけばよいだけの話です。

一方の西洋的思想では、ひとと自然とは対立するものであって、ひとは自然を征服するものととらえるのですね。だけどひとは死すべき運命にあり、この戦いに勝ち目はない。だから、魂の永続性を信じ、やがては天国に召されると思うしかない。

これを迷信だと、笑っちゃいけません。

ただしこの二つの考え方は、東洋と西洋で分かれているというものでもありません。日本は明治以来、西洋的な考え方を取り入れてきたし、西洋の多くの人たちは東洋的な考え方に目覚めてきている。

これはこれで、双方を統合する(というよりは、止揚:アウフヘーベンする)新しい思想が必要になるとは思うのですけど、さしあたりの新型コロナが突きつけるものはそこまではいかないのではないでしょうか。

新型コロナが我が国にパラダイムシフトをもたらすとすると、これまで対面コミュニケーションでなあなあでやってきたいい加減なやり方を、きちんと定義された情報のやり取りという形に抽象化していく、そういうありかたが要求されてくるのではないかと思います。

それは同時に、夜のお店や風俗営業(性的サービスやパチソコを含む)の正常化も要求している。この方向には、下手に抗うよりも、さっさとその方向に進んでしまった方が良いと思います。


返信がついております。

Toshimi Minoura
> 一方の西洋的思想では、ひとと自然とは対立するものであって、ひとは自然を征服するものととらえるのですね。

次の町の写真をみて、この町の住民は、「ひとは自然を征服するもの」ととらえているとおもいますか?

https://www.google.com/search?q=Corvallis%E3%80%80Oregon...

この町では、自然保護のためにいろいろな条例があります。まず、樹齢が数十年以上の樹木は登録されていて、個人の所有地に立っていても許可なく伐採はできません、街路樹などは、5階建てのビルより高い物がたくさんあります。野外広告は景観を損
なうということで、案内板以外のものは禁止されています。

郊外にでれば、主要道路から見えるところでは、山肌を切り崩すとか、樹木を伐採することは禁止されています。

それから、鹿が、野菜を食べるために町中まできます。鹿や野鳥を殺すことは禁止されています。魚つりについても、何を何匹までいつ釣ってよいという\規則があります。釣り針についても、大きさとのか、複数の針がついたものとか、バーブがついたものはだめとかいう細かい規則があります。これは、一定のサイズ以下かの魚を逃がすときに、傷をつけないためです。

背景にある思想は、神が与えた恩恵であるという考えのようです。


瀬尾 雄三
Toshimi Minoura さん

街路樹は、征服された自然ですよ。

欧米における森は、ひとに敵対するものだったのですね。

赤ずきんなどの童話も、そうした恐ろしさをベースとしています。


Toshimi Minoura
> 街路樹は、征服された自然ですよ。

かって、ライシャワー駐日米国大使が、日本文化において当時の世界水準を抜け出たものが二つある、一つは日本建築であり、もう一つは鎌倉仏教であるといいました。

今から60年ほど前までは、米国の市街地は、碁盤の目のようであり、大きな建物は左右対称の威圧的なものでした。しかし、現在新しく造成される住宅地の道路は、大きくカーブしており、日本庭園を拡大したような感じです。日本建築の特徴は、長方形を基本とし、左右非対称であり、自然と調和していることです。現在の米国建築の多くは、この建築様式の影響を強く受けています。

それから、米国のキリスト教宗派の多くがカルバン派の流れを汲んでいます。カルバン派の教義と浄土真宗の教義はほとんど同じです。どちらも、人間は罪深い、善行は救いを意味しない、救いは神もしくは阿弥陀仏による、というものです。大きな違いは、カルバン派の教えでは、天国に行くか地獄に行くかは神のみが知っているというものです。他方、浄土真宗では阿弥陀仏を信じることにより、悪人でも浄土にいけるというものです。


Toshimi Minoura
もちろん、自然保護も行き届いています。

https://www.google.com/search?q=oregon%20nature...

池には、錦鯉が泳いでいて、石灯篭がある日本庭園の写真もあります。池には山肌から水が流れ込んでいます。


瀬尾 雄三
Toshimi Minoura さん

自然保護は、自然の征服と通底する概念で、征服した相手を保護する、という関係にあるのでしょう。

日本庭園も、自然を保護しているように見えるかもしれませんが、その実態は、自然の事物の写生であってこれらに思いを馳せる縁(よすが)とするものなのですね。

東洋思想、西洋思想といっても、今日ではこれらが混然一体となって社会を動かしております。

我が国にも自然保護といいう考え方は重要課題として存在します。その一方で、欧米にも日本庭園はあり、それを見た欧米の人たちは、自然保護とはまた異なる思想をそこから感じ取っているのではないかと思います。

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