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音喜多駿氏の5/29付けBLOGOS記事「議事録を『公表しない』と『作成しない』には天地の差。そもそもの行政文書ガイドラインの見直しを!」へのコメント

音喜多駿氏の5/29付けBLOGOS記事「議事録を『公表しない』と『作成しない』には天地の差。そもそもの行政文書ガイドラインの見直しを!」にコメントしました。


専門家会議というものは、ブレインストーミング的な性格もあり、まずはなるべく多くの可能性をまな板に載せて、様々な専門家の視点で議論するという性格があるのですね。

ですから、当然のごとく、別の専門家から見ればばかげた提案もなされるでしょうが、そうした既成概念にとらわれない提案が出せる場であることに価値がある。

これを何から何まで、一言一句を公開してしまったら、常識的な意見しか出てこない場になってしまうのではないかと思います。

私もさまざまな公的な専門家の委員会に参加したことがありますけど、そのすべてが、配布資料リストと、議論の要約(こんな意見がありましたという紹介)でした。

しかも議事録を次回の委員会でチェックして、残してはまずい発言の削除・訂正もできるようにしていた。実際の訂正や削除の要求はみませんでしたけど、多分、他のところでも似たようなことをしているのではないかと思います。

コロナに関しても事情は同様でしょう。その目的を考えれば、形式を求めるよりも、いかに有効に機能するかどうかが大事なはず。歌舞伎(伝統芸能)やっているんじゃないんだから、、、

現在何かが問題だというなら、その点をまず議論すべきですが、単に形式がおかしいという議論の仕方は、百害あって一利なしです。


ブログ側に次のコメントを頂いておりますので、引用部の後にお返事しておきます。

mitsu minomi 2020-05-29 11:16:59

2000万もらってるなら、議事録ぐらい書けよと思います。

議事録すらかけないのなら、うちの会社の新人以下だから、300万ぐらいでいい。

議員仕事をしろ。

議事録は、新人事務員に書かせておいても十分です。きちんとした議事録にしたところで、いまどき、録音から文字起こしすればよいわけで、派遣でもバイトでも、誰にだってできるような仕事なのですね。

で、専門家会議の専門家に要求されている仕事は、誰にもできるような書類仕事ではなく、高度に専門的な知識をいかに具体的問題に適応するかという、高度にして難度の高い仕事であるわけで、それがきちんとこなせる人なら2,000万円だって安すぎる、かもしれない。

この手の人たちには、専門分野の知識に基づく助言が求められているのであって、世間の評判や期待をフィードバックするようなことがあってはいけないのですね。

かつて、時価会計にするかどうかという議論の際、政府サイドが会計学者を集めて意見を出させたことがあったのですが、会計基準をどうするかということは、多くの企業や投資家にとって大問題でもあったのですね。

そのため、中には怪しげな人が専門委員の人に圧力をかけようとしたことがあったという話も漏れ聞いております。

コロナでも、営業禁止をどうするかなどは、怪しげな人たちにも大きな問題であるわけで、一つ間違えると、専門委員に対するいわれなき圧力(合法、非合法をを問わない)が加わるリスクだってないわけではないのですね。

今回の専門家たちの主張に対してだって、様々な批判が寄せられている。特に、経済活動を重視する人たちから、専門家の細かな発言をとらえた批判が執拗に寄せられているのですね。

こうしたことが、被害を最小化するための科学的技術的にベストな方向ではなく、一部世論の期待に応えた安易な方向に専門家の判断をシフトさせてしまうようなことがありますと、何のための専門家会議であったかわからなくなってしまうのですね。

専門家というのは、図太い人ばかりではなく、ナイーブな人も多く、専門能力の高さを期待するなら、様々な性格の専門家であっても能力をいかんなく発揮できる形で委員会なり会議なりを開催していかなければいけない、そういうことなのですね。


BLOGOSにコメントがついております。

Tetsuharu Kawasaki

おときたさんは「公開」と「作成」を分けて話をしていますが・・・


瀬尾 雄三 Tetsuharu Kawasaki さん

10年間は非公開とかにすれば、怪しい人からの攻撃は防げるでしょう。

でも、議事録は出席者間での確認が必要で、専門家に対する心理的ブレーキになることは避けようがない。

そもそも議事録を作る目的は何なのでしょうか。功績の立証にも使えますけど、後で責任を問う際の証拠にするという目的もあると思うのですね。

ブレインストーミング的な会議というものは、そうしたブレーキになる要素をいったん解除して、自由に意見を出せるようにすることで良いアイデアが出るようにするという側面もあるわけす。

これを否定して得られるものが大きいならばその価値はあるかもしれませんけど、単に形式を整えるだけ、好奇心を満足させるだけといった理由なら、やらない方が良いと思います。

1 thought on “音喜多駿氏の5/29付けBLOGOS記事「議事録を『公表しない』と『作成しない』には天地の差。そもそもの行政文書ガイドラインの見直しを!」へのコメント

  1. mitsu minomi

    2000万もらってるなら、議事録ぐらい書けよと思います。
    議事録すらかけないのなら、うちの会社の新人以下だから、300万ぐらいでいい。
    議員仕事をしろ。

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