コンテンツへスキップ

早川忠孝氏の11/4付けBLOGOS記事「日本学術会議問題は、実際に任命拒否を決めた人に弁明させてそろそろ幕引きをされては如何か」へのコメント

早川忠孝氏の11/4付けBLOGOS記事「日本学術会議問題は、実際に任命拒否を決めた人に弁明させてそろそろ幕引きをされては如何か」にコメントしました。


何故に任命を拒否したかを説明するためには、任命拒否された人物の問題点を説明することになるのですが、これは、当該人物の名誉を傷つけるものであり、一般に公開すべきではないと考えられる情報なのですね。

ここで、任命拒否された人物の問題点とは、任命者が認識している問題点であり、それが事実であるか否かは問われない。任命権というものには、任命責任も伴い、リスクを回避するためには安全サイドに判断せざるを得ない場合もあるのですね。

つまり、問題があると危惧された場合にも、任命を拒否する場合もあるし、これは正当と考えられている。このためその理由を公開してしまうと、事実に反する形で当人の名誉を傷つける可能性もありますし、問題があるのかないのかに関する水掛け論が始まってしまうかもしれない。

これを防ぐために、かかる微妙な情報は公開するべきでない。こんなことは、ごく普通のことだと思うのですが、、、


返信がついております。

加藤洋行

>これは、当該人物の名誉を傷つけるものであり、一般に公開すべきではないと考えられる情報なのですね。

同意です。なおかつ、その情報の中に公安がつかんでいる情報が含まれていたら、これは公表できない。敵に手の内を見せるようなものですから。「人権」と「公安」、2つの問題がある以上、「個別、具体的なコメントは控える」としかいいようがない。これは杉田副長官を呼んでも同じでしょう。つまり追及するだけ無駄。


花の ヤン

<何故に任命を拒否したかを説明するためには、任命拒否された人物の問題点を説明することになるのですが、これは、当該人物の名誉を傷つけるものであり、一般に公開すべきではないと考えられる情報なのですね。>

これは駄目な論理ですよ。

国会で問題になっている以上、拒否した理由を国会で答弁するしかありません。

それができなければ「任免拒否したことには、正当な理由がない」ということになり、菅首相の責任が問われることになります。

それが道理というものでしょう。


加藤洋行

花の ヤン

>国会で問題になっている以上、拒否した理由を国会で答弁するしかありません。

それじゃあ、国会で追及されたら、外交上の機密も防衛上の機密も全部しゃべるの? そしたら機密じゃなくなってしまうよね。


花の ヤン

加藤洋行 さん

<それじゃあ、国会で追及されたら、外交上の機密も防衛上の機密も全部しゃべるの? そしたら機密じゃなくなってしまうよね。>

それならば、機密であることを答弁すればいいだけのことですよ。 機密であることが妥当であれば、それ以上の追求はないでしょう。 簡単な道理ですよ。


瀬尾 雄三

花の ヤン さん

> 任免拒否したことには、正当な理由がない

任命拒否に「正当な」理由が要求される理由を教えていただけませんでしょうか。

ここでいう「正当な」とは、「普遍的に(誰が見ても)正当」といえるという意味ですよね。

総理なりその依頼を受けた人間が「正当」と考えるので良ければ、それはそう考えていたのでしょう。そして、人が何を考えているかなど、オープンにする理由は何一つない。

総理に任命の権限がある以上、当然これに伴う責任もある。しかしこの責任は、結果責任であり、任命した人間がとんでもないことをしでかした場合に責任を問われるわけですね。

この判断は、普遍的な正当性で語れるような理由だけに基づいてなどできない。相当に不確実であっても、総理がその正当性を判断するしかないのですね。

そしてその理由は、総理個人の思想に関わるものであり、総理自身が有する人権により、その秘匿もまた認められてしかるべきであるわけです。

世の中、それほど簡単にできているわけではありません。


花の ヤン

瀬尾 雄三 さん

<任命拒否に「正当な」理由が要求される理由を教えていただけませんでしょうか。>

それは、任免拒否したことにより、学術会議に介入し支配する意図があると疑われたからですよ。

これに関しては任免拒否が合法かどうかに関係がないわけです。

さらに言えば、この学術会議を見せしめにすることにより他の官庁や官僚にも報復人事を意識させて、法の遵守よりも官邸の意向を優先させようという脱法体制の構築すら疑われていることも考慮すべきでしょう。

といいますか、この問題は瀬尾さんが考えているよりも重たい問題であり、官僚のモラルが崩壊しかねない危険性をはらんでいることを指摘しておきます。

<総理なりその依頼を受けた人間が「正当」と考えるので良ければ、それはそう考えていたのでしょう。そして、人が何を考えているかなど、オープンにする理由は何一つない。>

その総理の意図が疑われているわけですから、その理由を述べなければ疑惑に反論しないということになり、結果として「疑惑は正しい」ということにしかなりませんよ。

理由を述べなければ総理の立場が次第に悪くなっていくわけですが、それでよろしいのですか?

<世の中、それほど簡単にできているわけではありません。>

だからこそ、「何でも押し通すことができるわけではない」ということも言えるわけですよ。

今回の件は菅政権にとって分が悪すぎますから、早めに見切りをつけるべきだと思いますね。


花の ヤン

瀬尾 雄三 さん

<任命拒否に「正当な」理由が要求される理由を教えていただけませんでしょうか。>

書き忘れていましたが、普通に行政には説明責任がありますから、理由を求められれば説明しなければなりませんね。

たとえば、公平性を維持するためには行政側は妥当な施策であることを説明できなければならないのです。


瀬尾 雄三

花の ヤン さん

行政には、明文化された手続きに従う事務処理的な行為もありますし、特定の個人に権限をゆだねる、人事のような行為もあるのですね。

そして、前者に関しては公平性が維持されなければいけませんが、後者に関しては、基本的に「公平」ということはあり得ない。

誰かを任命し、誰かを任命しないことが人事の基本であり、その判定基準がすべて論理的なり数値的なり言語的なりの形で説明できるわけでもありませんから。

これまでに、閣僚の不祥事があった際に、総理の任命責任というものが追及されるのですが、任命時に当該閣僚の適正が明確に判断できるかといえばそんなことはありません。

であるにもかかわらず任命責任が追及される背景には、普遍的に判断可能な適正以外に、言語化困難な、全人格的なり俯瞰的な判断というものが要求されているからなのですね。

もちろん、こんなものが完璧に行えるはずもなく、何から何まで任命責任を問われても応じようがないのですが、可能な範囲でこれを行うことは要求されていると考えなくてはいけない。

そして、これは任命者個人の思想信条なり個人的に得た情報に関わる部分もあるため、基本的人権の一つである「沈黙の自由*」により語らないこともまた認められてしかるべきであるわけです。

*:沈黙の自由は、日本国憲法にそれ自体の規定はなされていないのですが、19条(思想良心の自由)に含まれる権利と一般的に考えられています。

ちなみに、総理大臣といえども基本的人権は有すると考えられております。天皇陛下の基本的人権に関しては、諸説あるようですが。


花の ヤン

瀬尾 雄三 さん

<行政には、明文化された手続きに従う事務処理的な行為もありますし、特定の個人に権限をゆだねる、人事のような行為もあるのですね。そして、前者に関しては公平性が維持されなければいけませんが、後者に関しては、基本的に「公平」ということはあり得ない。>

それは間違った認識ですね。

公共の機関である以上、人事においても公平性は求められますよ。

そして、議会が行政のチェック機関の役割を持つわけですから、当然ながら議会が人事について質疑することは一般論でも有りうることです。

<そして、これは任命者個人の思想信条なり個人的に得た情報に関わる部分もあるため、基本的人権の一つである「沈黙の自由*」により語らないこともまた認められてしかるべきであるわけです。>

<沈黙の自由は、日本国憲法にそれ自体の規定はなされていないのですが、19条(思想良心の自由)に含まれる権利と一般的に考えられています。>

これは個人の自由についてであって、行政機関の職務や権利として定義されたものではありませんよ。

行政機関としての説明責任を拒否することは、明らかな職務放棄であり、これはこれで重大な過失となります。


瀬尾 雄三

花の ヤン さん

> これは個人の自由についてであって、行政機関の職務や権利として定義されたものではありませんよ。 <

行政機関の権利ではなく、総理大臣個人の人権にかかわる問題です。総理大臣といえども基本的人権はあり、思想良心の自由は奪われることはないのですね。

今回の問題は、総理自身の「良心の自由」に関わる問題であるともいえる。つまり、任命拒否の理由を述べることが任命拒否した人物に対する名誉棄損にあたると考えれば、おのれの良心に従い、その理由を述べることを拒否することは、総理個人の基本的人権で保護されるというわけです。

そもそも、怪しいからそうではない理由を述べよ、という要求が無茶苦茶なのであって、怪しむに足る充分な理由があるなら、まずそれを突き付けなくてはいけないのですね。

もちろん、違法じゃないけど怪しい、なんてのは駄目ですよ。そして、怪しい人物があくまで逃げ回るなら、告発して刑務所送りにすることです。

他人を「怪しい」などという以上、そのくらいできる証拠は掴んでいなくてはいけません。


花の ヤン

瀬尾 雄三 さん

<行政機関の権利ではなく、総理大臣個人の人権にかかわる問題です。総理大臣といえども基本的人権はあり、思想良心の自由は奪われることはないのですね。>

おや、その理屈では「個人の権利として保護すべき心情や思想を、行政機関における人事に反映させた」ということになり、「公私混同」という公的機関として重大な瑕疵を犯したことになりますよ。

ちょっと、おかしな理屈のように思えますね。

なんだか、瀬尾さんの論理がどんどん菅義偉氏にとって都合の悪い方向に流れていくように思えるのですが。


瀬尾 雄三

花の ヤン さん

基本的に、政治思想は個人の基本的人権によって守られるものであって、同時にこれが、政治を動かす元となるのですね。

行政機関といえども、個人の自由な精神がこれを動かしているのであって、官僚も総理大臣もロボットではない。個人個人の考えの下で動いているわけです。

公私混同とは、公的立場での行動の目的が、公の利益を目指すべきであって個の利益を目指すものであってはならない、という意味であって、個の思想信条の発露であってはならない、という意味ではないですよ。

まあ、共産党の人など、人はロボットのようなものだと考えておられるのかもしれませんね。洗脳とかもやるわけですし、ソ連においてパブロフの業績がたたえられていたのもわかるような気がいたします。

リベラルの基本的な考え方は、あくまで自由な精神を持つ個人で社会が成り立っているとするものなのですね。そしてその個の精神の中に、公共への奉仕、国家への奉仕といった意志も含まれているわけです。

> 瀬尾さんの論理がどんどん菅義偉氏にとって都合の悪い方向に流れていくように思えるのですが。<

日本をレーニンなりスターリンなりが支配しているとすると、私の解説により、菅さんはとてつもない危ない立場に追い込まれてしまうかもしれません。

でも幸運なことに、我が国はソ連ではなく、自由主義の国家である。その点をお間違いのないようにしていただきたいと思います。


花の ヤン

瀬尾 雄三 さん

<公私混同とは、公的立場での行動の目的が、公の利益を目指すべきであって個の利益を目指すものであってはならない、という意味であって、個の思想信条の発露であってはならない、という意味ではないですよ。>

おや、「公的立場での行動の目的が、公の利益を目指す」ということならば、人事に関しても「公の利益」であるという建前になりますから、人事についても「公の利益」であることを説明しなければならなくなりますよ。

つまり、説明できなければ「『公の利益』ではない」ということになりませんか?

<リベラルの基本的な考え方は、あくまで自由な精神を持つ個人で社会が成り立っているとするものなのですね。そしてその個の精神の中に、公共への奉仕、国家への奉仕といった意志も含まれているわけです。>

これは違うと思いますよ。

公共機関や国家が個人の自由や権利を保証することと、個人に公共への奉仕や国家への奉仕の精神を持つことはセットの関係ではないと思います。

思うに、公共機関や国家には個人の自由や権利を保証する義務がありますが、個人には特に義務はないと考えるべきではないでしょうか。

<日本をレーニンなりスターリンなりが支配しているとすると、私の解説により、菅さんはとてつもない危ない立場に追い込まれてしまうかもしれません。>

ご安心ください。

他人であるはずの瀬尾さんの主張を根拠に菅義偉首相を罰する展開には、たとえスターリンでも筋が違うと思うことでしょう。


瀬尾 雄三

花の ヤン さん

>説明できなければ「『公の利益』ではない」ということになりませんか?<

何が公の利益であるかどうかは個々の担当者が考えるべきことなのですね。そして、疑問が提示された際の説明のあり方は、個々の担当者が考えればよいわけです。

今回は、この説明に個々の候補者に対する評価を含めることが当人の名誉を傷つけると判断すれば、ここまでの説明は行わず、より包括的な説明にとどめることも妥当と判断されたのでしょう。このような判断は、良心の自由の保障するところでもあります。

総理の行動が公の利益に反すると考えられる場合は、まずは国会で罷免することを検討すべきでしょうし、これに賛同する国会議員が足りないなら、総選挙で多数を占めて罷免を実現することになります。

逆に、このような形で総理が支持を受けているなら、その判断を国民が受け入れていることを意味し、公の利益に概ねかなうと考えてよいはずです。もちろん、結果や他の判断等を含めて、総合的に見て、ということですが。

> 公共機関や国家には個人の自由や権利を保証する義務がありますが、個人には特に義務はないと考えるべきではないでしょうか。<

個人に公に奉仕する義務はありません。しかし、公に奉仕する意志がない人物は、総理はもとより政治家にもなるべきではないのですね。

共産主義国家でどうであるかは知りませんけど、少なくとも自由主義の国において、政治家は、誰かに支配されているわけではなく、個々の自由な精神のもとにそれぞれの政治理念に従って行動している。その時、彼の理念には、公や国家への奉仕の意志が含まれていなければいけない、ということですね。

少なくとも己の個人的な利益の最大化を考えるような政治家では駄目、ということです。なおこの話は、公私混同云々に対する私の考え方を説明したところです。


花の ヤン

瀬尾 雄三 さん

<何が公の利益であるかどうかは個々の担当者が考えるべきことなのですね。そして、疑問が提示された際の説明のあり方は、個々の担当者が考えればよいわけです。>

それは違いますよ。

議会によるチェックがあるのですから、担当者レベルで完結するわけではなく当該する行政機関としての説明が必要であることと、議会が納得できる説明であるかどうかが問題になります。

<今回は、この説明に個々の候補者に対する評価を含めることが当人の名誉を傷つけると判断すれば、ここまでの説明は行わず、より包括的な説明にとどめることも妥当と判断されたのでしょう。このような判断は、良心の自由の保障するところでもあります。>

ならば、そう議会で答弁すればいいじゃないですか。

しかし、実際にはそれすらしていないわけですから、菅政権の立場は次第に悪くなっているわけですからね。

もっとも、この瀬尾さんの理屈では「説明できない」ことに変わりがありませんから、菅政権への追求をかわしたことにはなりそうにありませんけど。

<総理の行動が公の利益に反すると考えられる場合は、まずは国会で罷免することを検討すべきでしょうし、これに賛同する国会議員が足りないなら、総選挙で多数を占めて罷免を実現することになります。>

これは無駄な話ですよ。

たとえ選挙をやったとしても行政機関としての説明責任が解消されるわけではありませんから、選挙後の議会でも質疑が再開されるだけのことです。

いくら選挙で大勝ちしようが、これは避けて通れませんね。

<少なくとも己の個人的な利益の最大化を考えるような政治家では駄目、ということです。なおこの話は、公私混同云々に対する私の考え方を説明したところです。>

おっしゃることは理解できますが、公私混同かどうかを判断するのは政治家本人ではなく周りの人々であることを忘れてはいけないと思いますよ。


瀬尾 雄三

花の ヤン さん

> 公私混同かどうかを判断するのは政治家本人ではなく周りの人々

周りの人びとも判断いたしますし、選挙民も判断する。でもまず本人に判断できなければ、どう行動してよいかわかりません。

そして、その際何が決め手になるかといえば、おのれの思想に従って行動するかどうかではなく、おのれの利益を重視して行動いた際にこれを「公私混同」と判断するのではないでしょうか。

共産党に属する人が共産主義を信奉し、自民党に属する人が自由主義を信奉する。これらの主義は、それぞれの政党が代表しているにせよ、行動の基本となるのは己の信奉する主義思想であって、その思想自体は、個々人の精神の内部に保持されているのですね。

選挙民は、個々の政治家が精神の内部に保持している思想を見抜いて、これに投票するかどうかを決めているわけですね。そして選ばれた政治家は、おのれの思想に忠実に行動する。これがあるべき姿です。

ところで、行動の一々をチェックしなくちゃいけないって、何かバイトに仕事をさせるような話と混同されているのではないでしょうか。

ろくすっぽ仕事がわからない人に何かをさせるならともかく、一定のポジション以上の業務は、担当者の裁量にゆだねられ、全体としてよい結果を出していればこれを良しと評価する。そういうやり方が普通だと思うのですね。

これを一々個々の行動を問い詰めるやり方は、「マイクロマネージメント」と呼ばれ、あまり好ましいものではないとされております。無能な上司の一つの典型的パターンです。

まあ、その具体例を今の野党議員たちにみることができるのですが、、、


花の ヤン

瀬尾 雄三 さん

<そして、その際何が決め手になるかといえば、おのれの思想に従って行動するかどうかではなく、おのれの利益を重視して行動いた際にこれを「公私混同」と判断するのではないでしょうか。>

どうですかね。

たとえ本人の動機がどうであれ、他から公私混同を疑われる行為をすればチェックが入るわけですからね。

また、己の思想に従った行動が公私混同と無縁かと言えばそうではなく、私的な信条や思想が原因で不合理な行為をすることくらい有りうると思いますよ。

<ところで、行動の一々をチェックしなくちゃいけないって、何かバイトに仕事をさせるような話と混同されているのではないでしょうか。>

いえいえ、似たようなものですよ。

コンビニのオーナーはバイトが信用できないからチェックを行うわけですし、三権分立の制度設計理念も「権力は腐敗しやすい」ということから互いに「信用してはいけないからチェックをする」という前提があるわけです。

<これを一々個々の行動を問い詰めるやり方は、「マイクロマネージメント」と呼ばれ、あまり好ましいものではないとされております。無能な上司の一つの典型的パターンです。>

行政を「信用せずにチェックする」のが議会に与えられた職務なんですから、そんなことを言うのは野暮というものですよ。

しかも、今回の件はマイクロマネージメントどころか内閣による日本学術会議法違反や人事権濫用が疑われる案件にまで発展しましたから、これにチェックを入れなければ国会議員の怠慢として国会の方が批判されることになります。


瀬尾 雄三

花の ヤン さん

> 私的な信条や思想が原因で不合理な行為をすることくらい有りうる

そりゃそうでしょう。なんだって人は己の思想信条に従って行動しているのですから。つまり、おのれの利益第一、という信条だってあり得るわけですね。

でも、おのれの思想信条に従った行動は、政治的な心情についても言えることであって、そうでない(自らの外部の思想信条に従って行動するような)政治集団が例外的存在であると、私は考えているのですね。少なくとも、自由主義社会においてはそうだ、ということですね。

もちろん、ある政治団体は、党中央ですべてを決めて党員はこれに従う、といった綱領をもっている場合などは、この例外になるでしょう。これが政党ではなく宗教団体で、すべての信者は教祖の意のままに動くべき、とされている場合も同じですね。

このような政党なり教団なりの構成員が政治家となった場合、彼の個人的思想信条に従っう言動は「公私混同」ということになる。でもこの場合の「公」とは、その政党なり教団なりとイコールなのであって、本来政治家にとっての「公」であるべき日本社会とは別の話なのですね。

この議論を通して見えてきたことは、花のヤンさんはどうやら、この例外的状況を普遍と認識されているようで、たとえば共産党の方などはこれに近い認識をされていても不思議ではない。でもそれは、今日の日本を含む自由主義世界の中では一般的な考え方ではない、ということを申し上げておきます。


Isao Matsumoto

私はガクジュツカイギのメンバーに説明責任を果たしてほしいと思いますけどね。

なぜその105名を推薦したのか?

主権者である私は説明を聞いたことがありません。

なぜ6名を任命しなかった、のではなく、

なぜ105名を推薦して、99名はそのまま任命されたのか、 その根拠を聞きたい。

これは国民としての憲法に明記されている権利で、その説明を受けてこなかったことが、違法状態です。

遵法だの違法だの言うのなら、先にそちらを何とかしてもらいたい。


花の ヤン

瀬尾 雄三 さん

<もちろん、ある政治団体は、党中央ですべてを決めて党員はこれに従う、といった綱領をもっている場合などは、この例外になるでしょう。これが政党ではなく宗教団体で、すべての信者は教祖の意のままに動くべき、とされている場合も同じですね。>

そこの辺りは私と意見が違いますね。

や近代的な政党政治のあり方として、政党としての方針や政策案が確立され、有権者にとってわかりやすいことが重要だと私は思うのです。

そうなると、党の総会等で決定された方針や政策案に党員が従うことは必要なことのように思えます。

まあ、党としての意思決定のプロセスには注意する必要があるとは思いますが。

<このような政党なり教団なりの構成員が政治家となった場合、彼の個人的思想信条に従っう言動は「公私混同」ということになる。>

任意の団体が「公」になるわけがありませんよ。

任意の団体の内輪の決めごとに反したことを「公私混同」と考えるのは筋違いのように思えます。

<この議論を通して見えてきたことは、花のヤンさんはどうやら、この例外的状況を普遍と認識されているようで、たとえば共産党の方などはこれに近い認識をされていても不思議ではない。でもそれは、今日の日本を含む自由主義世界の中では一般的な考え方ではない、ということを申し上げておきます。>

ちょっと話を整理したいので質問しますが、

 ①「この例外的状況」とは具体的に何を指すのでしょうか。

 ②「たとえば共産党の方などはこれに近い認識をされていても不思議ではない。」とお考えになった理由を詳しく説明いただけないでしょうか。

 ③可能ならばという但しつきですが、「今日の日本を含む自由主義世界の中では一般的な考え方ではない」の根拠もほしいですね。

申し訳ありませんが、私のような察しの悪い者にもわかるようご説明をお願いしたいと思います。


花の ヤン

Isao Matsumoto さん

<私はガクジュツカイギのメンバーに説明責任を果たしてほしいと思いますけどね。

なぜその105名を推薦したのか?>

それなら、「日本学術会議法第17条の『優れた研究又は業績がある科学者』に該当するため」という一言で終わっちゃいますよ。


瀬尾 雄三

花の ヤン さん

> 任意の団体が「公」になるわけがありませんよ。任意の団体の内輪の決めごとに反したことを「公私混同」と考えるのは筋違いのように思えます<

それでは「任意の団体」が「国」だったらどうなるのでしょうか。

ここで、反する反さないは、誰を学術会議のメンバーに任命すべきであるのかないのかという判断であって、思想信条にかかわる部分ですよ。最初から議論しているのはそこですから。

共産党員にとっては党は国と同じような位置づけにあるのですね。何しろ、共産党による一党独裁があるべき姿なのですから。

そして、思想信条までもが「公」に従わないと「公私混同」といわれるということは、共産党ないし共産主義国家においては、公的活動をする際には、個人の考えを出してはならず、党の考え方に従わなくてはいけない。恐ろしい世界です。

もちろん、共産党の方は、これが正しいと考えておられるわけで、ここで私が何を述べても、全く理解されない。ただのたわごとのように感じられるのではないかと思います。

なお、ご質問の「例外的状況」とは共産党的あり方であり、それが一般的な考え方ではないとする根拠は、共産党の支持率が非常に低いことによります。

1 thought on “早川忠孝氏の11/4付けBLOGOS記事「日本学術会議問題は、実際に任命拒否を決めた人に弁明させてそろそろ幕引きをされては如何か」へのコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。