青山まさゆき氏の1/24付けBLOGOS記事「コロナ伝説の一つ、若者から高齢者へ感染拡大は本当か。」にコメントしました。
高齢者の感染原因を調べるためには、感染した高齢者と各種因子との関連を調べるのが正攻法だと思います。
具体的には、介護施設などに居住している人、高齢者のみの世帯、各年齢層と同居している人、種々の職業に就いている人などに分類して、それぞれの感染リスクを分析すればよいわけですね。
最近、家庭内の感染増加が問題となっておりますが、高齢者に関してもこの傾向がみられるなら、若年層と同居している高齢者の感染リスクが高いこともありそうで、これがデータ的に確認されれば「都市伝説」が正しいことになります
。
一方、世帯構成の感染への影響はさほどでもなく、就業などの社会活動を行っている高齢者の感染リスクが支配的である場合は、このエントリーの主張するように、高齢者には自宅でおとなしくしていただくことが感染リスクの低下に効果的ということになります。
政策に反映されるようなきちんとした分析を行うのであれば、このようなアプローチをされるのがよろしいのではないでしょうか。
返信の形で追記を入れておきました。
「大阪の死者数、なぜ最多...」と題するヤフーニュース記事がありました。この記事は、本エントリーの主張する「都市伝説」の反証になりそうですので、以下、関係部分を引用しておきます。
https://news.yahoo.co.jp/.../93bbfc3d48eb8ec11a614c53f289...
> なぜ大阪で高齢者の感染が多いのか。府は分析を続けてきたが、はっきりした理由は分からない。ただ、東京よりも高齢化率や3世代の同居率が高いほか、高齢者施設が多いことなどが要因として考えられるという
高齢者施設でのクラスターの影響を除外する必要がありますが、「東京よりも...3世代の同居率が高い」ことがその理由であれば、若年層から高齢層への感染が無視できないということになります。
これが事実であれば「都市伝説」との決めつけはフェイクということになりますので、事実関係をご調査されるのがよろしいと考えます。
返信がついております。
加藤洋行
>なぜ大阪で高齢者の感染が多いのか。
3世代同居が多い地域ほど高齢者の感染が少ない、単身世帯が多い地域ほど高齢者の感染が多い、というデータがあるそうです。3世帯同居の家でおじいちゃんが「飲みに行きたい」と言えば家族はとめる。しかし単身世帯ではとめる人がいない。夜になると寂しくなって、ついつい飲みに行く。そんな背景がありそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=wTvxMFmOQxo
瀬尾 雄三
加藤洋行 さん
「3世代同居が多い地域ほど高齢者の感染が少ない」というのは、ヤフーニュースの記述と矛盾します。どちらが正しいのかわかりませんので、ここでは判断を保留しますが、以下のポイントは留意された方が良いでしょう。
1. 三世代同居であれば、若年層と高齢者の家庭内感染があり得るという点。第三波で、第二波に比べ、中高年の感染が増加したことと、家庭内感染が増加したことは、若年層から中高年への家庭内感染が起こっている可能性を示唆します。
2. 夜間に単身の高齢者が飲みに行くという現象であるなら、第二波でも高齢者の感染は多かったはず。ただし、その頃は恐怖が支配していた可能性はありますから、何とも言えないことも事実ですが。
3. 松田学氏に関しては、いろいろな評判のある方ですし、基本は夜の街に近い維新の方ですので、このエントリーと方向性を同一にしていることは、不思議ではありません。つまり、このエントリーの主張を補強する材料としては不足です。
いずれにせよ現段階では、このエントリーの主張には疑問を挟む余地が多分にあるということは言えそうです。
加藤洋行
>どちらが正しいのかわかりませんので、ここでは判断を保留しますが
といいながら、「1」は、ヤフーニュースが正しいという立場をとっていますね。まあ、コロナ脳に何を言っても無駄だと思いますが、データをしっかり見ろとだけは言っておきます。ホント、コロナ脳は有害なので。
加藤洋行
これが理解できればコロナ脳卒業ですよw
>「若者は高齢者にコロナをうつしている」を完全否定する
http://agora-web.jp/archives/2049752.html
加藤洋行
>2. 夜間に単身の高齢者が飲みに行くという現象であるなら、第二波でも高齢者の感染は多かったはず。ただし、その頃は恐怖が支配していた可能性はありますから、何とも言えないことも事実ですが。
季節的要因(気温と湿度の低下)をまるで無視している。日本医師会の会長と同じです。
加藤洋行
>3. 松田学氏に関しては、いろいろな評判のある方ですし、基本は夜の街に近い維新の方ですので、このエントリーと方向性を同一にしていることは、不思議ではありません。つまり、このエントリーの主張を補強する材料としては不足です。
発言者の立場から発言内容を否定するのは科学的とは言えない。サイエンティストを自称する瀬尾さんとしては、とても残念なことです。たとえば小学生が「太陽が地球の周りを回っているのではない。地球が太陽の周りを回っているのだ」といっても、それは真実でしょう。
瀬尾 雄三
加藤洋行 さんから多数返信を頂いておりますので、以下簡単に意見を述べておきます。
まず、松田学氏のご主張に関しては、ご当人の言葉にここで反論しても始まりませんので、加藤さんが私の主張を否定していると思われる部分をここでご紹介いただくようお願いします。本エントリーと同種の主張をしている部分に関しては、最初のコメントで充分であるはずです。
永江氏の論に関しても同様なのですが、基本的に、アゴラのような場所に掲載する論文に関して、私は否定的なのですね。と言いますのは、アゴラは一見議論の場に見えるにもかかわらず、誤りを指摘するとブロックされてしまう。ポパー的に言えば、反証可能性のない場であり、このような場所に論文を掲載する著者の見識を疑います。
永江氏の文章につきましては、一見科学的論文であるにもかかわらず、感性的表現が随所にみられるアジテーションであり、それも分断を誘う、危険な論文であるとの印象を受けます。たしかにこの手の分断を誘う主張は、熱狂的支持を集め、ネットであればPVを稼いで商売には利するのですが、この手の主張が往々にして悲劇を招いてきたという人類の歴史があるのですね。加藤氏の「コロナ脳」もそうですが、ここでは感性的アジテーション的表現を排除して、あくまで事実に即した議論をしたいと思います。
内容に関しては、具体的な指摘を頂いているわけでもないので、今回は反論いたしません。事実に基づく具体的な指摘を歓迎いたします。
瀬尾 雄三
加藤洋行 さん
> たとえば小学生が「太陽が地球の周りを回っているのではない。地球が太陽の周りを回っているのだ」といっても、それは真実でしょう。
そりゃ、小学生がそういう分には構いません。だけど、物理学者がそんなことをまじめに語りだしたら、ちょっと待ってくれ、と言いたいところです。
ニュートンのプリンキピアにしたところで、ガリレオ裁判の数十年後の著作だということに留意しなくてはいけません。これに対して、マックス・ボルンは次のように疑問を呈しているのですね。
> 絶対空間と絶対時間が、“他の対象に関係なく”存在するという、はっきりとした言い方は、ニュートンのような心がけをもった研究者の言い分としては奇妙にみえる。というのは、彼はしばしば現実的な、観測で確かめうるもののみを研究したい、と強調していたからである。“わたしは仮説をつくらない”というのが彼の簡潔な断固たる表現であった。しかし、“まったく外部の対象と関係なく”存在するものは確認しうるものでもなく、事実でもない。ここでは明らかに、未分化な意識から生じた概念が反省を経ずに客観的な世界に適用されている。
地球と太陽のどちらが動いているかという議論に際しては、静止している絶対空間を想定するのが簡単だったし、世界に共通する絶対時間も当たり前の存在として考えられていたのですね。
でも今日では、そんなものはない。回転に関して遠心力の原因として想定されはするのですが、回転していないとした際の空間の歪から遠心力を説明することもできる。
今日、多くの計測が「観測者の視点」から行われて記述されており、観測者を原点とする絶対空間で記述するのが妥当です。
20世紀前半に、人類の知性は大きく前進した。でも、20世紀の後半に、それは大きく後退してしまったのですね。そろそろこの後退を取り戻して、人類の知性を前に進めなくてはいけません。
>>若者から高齢者へ感染拡大は本当か
これにいまだに疑問符をつけるバカバカしい。