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出口はまだ先の異次元緩和

中村仁氏の6/26付けアゴラ記事「前日銀副総裁が回顧録で異次元緩和の出口論の私案」へのコメントです。(ブログに大量の追記あり)


黒田氏は、政策転換を始めた欧米とは真逆の手法を維持するとしている。消費者物価は5月、2.1%上がり、生鮮食品を含めると2.5%に達した。金融政策の効果ではなく、コロナ禍、ロシアのウクライナ侵略という感染症と地政学的な異変により、「2%目標」は達成されてしまった。

ここに、すでに答えが書いてありますよ。つまり、物価上昇が低金利故に生じているのではなく、供給側という外的要因で生じているため、金融緩和政策転換の必要なしとしているわけですね。

それにしても、GAFA絶好調の米国と、30年間横ばいで給与も上がらない日本を同列に比較することは難しい。結局のところ、かつての英国病のような病が日本経済を冒しており、1ドル100円台前半(というより100円寄り)が妥当ではないということではないかな?

これを直すには、雇用慣行の見直しや情報革命への急速なキャッチアップ、新たな研究開発とその実用化なども一つの手だろうけれど、それが成らない以上は、為替水準の訂正で帳尻を合わせるしかないでしょう。それには、緩和継続、この道しかありません。


以下はブログ限定です。上の話が分かりやすいように、これまでもお出しした三つのグラフをこちらにも掲げておきましょう。

まずは、給与総額。95年のインターネット元年を境に、我が国の給与総額は、上昇を止めて、ぴたっと一定値。この30年間ほど、日本の給与の増加が無くなってしまいました。

次は貿易収支で、民主党政権時代の極端な円高により、我が国の製造業は工場を海外に移し、貿易収支の黒字幅は縮小(民主党政権時代は赤字)となり、その代わりに投資のリターンである所得収支が増えております。この傾向は、アベノミクスで進行が止まったものの、工場の国内回帰には至っていないこと、貿易収支の数字が物語っております。

そしてドル円の長期チャートですが、1970年代に、燃費が良くクリーンな自動車をいち早く開発した日本の自動車産業は世界を席巻、電機メーカも高い競争力で輸出を増やし、対米輸出は「集中豪雨的」とまで形容されました。1979年にはジャパン・アズ・ナンバーワンなどという書物まで出版されました。

こんな状況がいつまでも許されるわけもなく、1985年のプラザ合意で急激に円高が進み、バブルの発生と崩壊、金融危機と展開いたしましたが、ドル円は100円直上で推移しております。

民主党時代の極端な円高を経て、アベノミクスで元に戻り、2022年に上昇の気配を見せる、というのがこれまでの推移です。

実際問題として、日本の製造業に1980年当時の国際競争力が残っているかとなりますとはなはだ疑問。1980年当時は日本の独壇場でありました燃費が良くてクリーンな自動車くらい、30年以上を経過すれば、世界中で生産可能となっているはず。電機関連では、日本のテレビ受像機は既に国際競争力を失い、家電製品も高級品はヨーロッパ、普及品はアジア諸国が日本市場を席捲。そもそも情報革命に乗り遅れております我が国の産業に、もはや過去の競争力の面影もありません。

そうなってまいりますと、一つ間違えればこの円安、200円では止まらないかもしれないのですが、一方で、100円直上の為替でも、何とかしのいできたのが日本の実情。GDPは増えないし、給与も上がらないのですが、かといって破綻したわけでもない。ここは、150円なり200円なりのドル円で落ち着いてくれるのではなかろうか、というのが私の予想です。

まあ、あたるも八卦、なのですが。以上、背景に関する基礎知識でした。

1 thought on “出口はまだ先の異次元緩和

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