岡本裕明氏の7/27付けアゴラ記事「人への投資だけでは改善しないこれからの仕事:なぜ日本企業は従業員に金をかけないのか」へのコメントです。(ブログに追記あり)
それは企業に解雇を認めることでしょう。そうすれば企業は派遣社員より一般採用を増やすはずです。しかし、それが当面望めないとすれば派遣社員には枠組みの決まったルーチン業務だけを延々とやってもらうことになります。
なぜ企業は解雇を認めないかといえば、今日決定権のある人たちが、実は解雇されるべきは自分たちなのではないか、との疑念を内心いだいているからじゃないかな? 問題は、働かないおじさんだけでなく、働いているように見えるおじさんも、大問題を抱えているのかもしれません。
で、その結果が『失われた30年』。いや、これ『失われた40年』に突入しているのですね。
結局のところ、こういうやり方をしていたら、日本は『安い労働力を提供する国』になるだけです。それって、『発展途上国』と同じ意味なのですね。そうなるのも当たり前の話で、収益性の高い最先端の部分で競争に勝っていかない以上、先進国ではあり得ない。
日本人の中にだって、一部に、競争にも強い優秀な人がいることは事実でしょう。そういう人は、外資系で働く。あるいは、海外に出て行ってしまう。これも自然な姿です。今の日本、不思議なことは何一つ起こっておりません。
8/5:追記しました。
「なぜ企業は解雇を認めないかといえば、今日決定権のある人たちが、実は解雇されるべきは自分たちなのではないか、との疑念を内心いだいているからじゃないかな?」の部分ですけど、このエントリーの後のエントリー「マーケット感覚を働かせよう!!」の最後のグラフ(経産省文書「未来人材ビジョン」より引用:以下に再録)をご覧ください。
日米ともに自動化により、高スキルと低スキルの人材に対するニーズが高まり、中スキルの人材に対するニーズが減少するというのがこのグラフの結論なのですが、高スキル人材のうち、管理職に対するニーズが日米で反転している点が注目に値します。
今日決定権のある人たちが、「実は解雇されるべきは自分たちなのではないか」と心配しているとの仮説は、このグラフからも強化されるのですね。
じつは日米のこの差というのは大問題で、自動化という大変革を推し進めるためには、これを立案・実行するための管理職が必要になるのですが、我が国の管理職はリソース管理業務が中心で、技術的な対応力に欠けている。それが、我が国がインターネット革命というある種の産業革命に対応できず、1995年以降の停滞(失われた30年)を招いた大きな要因となっているのですね。
日本経済を再び成長軌道に乗せる処方箋は、ほとんど見えてはいるのですが、これを実行するとなりますと、相当な障害がそこにはある。これが今日の日本の大問題です。
僕らはいつでも発展途上!