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ネットに移行する『放送』

小林恭子氏の8/4付けアゴラ記事「英BBC、デジタル最優先表明」へのコメントです。なぜかこのコメント、出て行きません。(ブログに追記あり)


「デジタル」というキーワードでは語弊がありそうです。事の本質は、『アナログからデジタル』ではなく、『放送から配信』ないし『電波からネット』という動きなのですね。

今日の新しいテレビのリモコンには、チャンネルのボタン以外に、ネット配信を直接選択するカラフルなボタンが並んでいます。もはや、電波オンリーの時代は終わって、今は電波とネットが併存の時代なのですね。

ネット配信、そのほとんどが米国企業で日本企業の出る幕はない。でも、2005年には、別の未来に行きかけたときもあった。そちらに向かっておれば、ネット配信ボタンの一つには、目玉のマークがついていたかもしれません。

たしかにニッポン放送株買い占めの際の堀江氏のやり方は、少々横紙破りではあった。しかし、この手の幼さは、進化には必要なものともいえ、これを生物学では「ネオテニー(幼形成熟)」などと呼んでいる。

幼形成熟、進化には有益なもので、「ヒトはチンパンジーの幼形成熟」などという学説が唱えられたこともある。たしかに、頭の固い人と話していると、なんとなく、お猿さんと会話している気分に襲われる時がある。この気分、じつは、事実を正しく把握しているのかもしれません。


コメントを見ますと、少々誤解を招く表現があったようですので、追記しておきます。

2005年の堀江氏(というか、ライブドアですね)によるニッポン放送株買い占めは、フジサンケイグループの不自然な株式持ち合い構造に目を付けた堀江氏が、メディア業界に一気に進出せんとしかけたもので、単に株を売り買いして利益を出す、一般の株取引とは異なる側面に重点があります。

放送業界は、県別免許性という、許認可業界で、これは電波という限られた資源を利用するためにやむを得ない側面があります。しかしながら、許認可業界は、放送局にとっては既得権を得てしまえば競争が排除される美味しい業態であり、政治家や官庁にしてみれば、許認可権をちらつかせることで政府に対する批判を押さえ、天下りなどの後押しもする、互いに利益を分け合う構造ともなっていたのですね。

そこに、インターネットが出てまいりますと、電波という限られた資源は、スマートフォンや携帯電話といった移動体通信に譲り、テレビはネットに移行すべきとの議論が起こっておりました。日本のマスコミではあまり伝えられなかったのですが、これが時代の趨勢であることは、この分野の研究者であればほとんど常識的であり、放送局も理解していただろうし、堀江氏もこのあたりは十分に検討していたはずなのですね。

でも我が国の業界は、大人の社会で、そのあたりはお互いわかった上で、業界秩序を重んずる。それがわからないガキが堀江氏、という構造になり、堀江氏は成熟した業界秩序を破壊するとんでもない奴ということになるわけです。

ところが、生物学の世界から出てきた進化の研究によれば、成熟個体にも一部に幼い状態を残したネオテニーという存在形態が、大きな役割を果たすことが知られているのですね。そして今日、進化論は、社会の様々な変化への対応に際しても、同様な機構が働いていることが知られているのですね。

つまり、成熟したように見える放送業界も、ネットという新しい技術の前には、さらなる進化が求められる。その変化に対応するためには、現状を最高のものと考える固定的なものの見方では対応できない。これを前に進めるために、ネオテニー的存在が求められるわけで、堀江氏という格好のプレーヤーが2005年に登場してきたわけです。

ところが我が国は、このチャンスをものにできなかった。しかし、情報技術の革新は否応もなく進み、これにいち早く対応した米国の新興企業が元エントリーにあります「米国発の大手動画配信サービス、ネットフリックスや、アマゾン、アップル」なのですね。そして今日、我が国で販売されるテレビ受像機のリモコンにも、これらのチャンネルに接続する、カラフルなボタンが配置されている。

現在は、二つの技術が併存しているのですが、古い技術と新しい技術、これらが併存し続ける可能性もないわけではないけれど、いずれか一方に集約されていく可能性も高い。今は、たとえば複葉機と単葉機がともに空を飛んでいた時代のようなものかもしれないのですね。ネットと放送、どちらが単葉機でどちらが複葉機であるのかは、言うまでもないでしょう。

日本人の暮らしを眺めれば、多くの情報機器が生活に入り込んできている。スマートフォンは、たしかにハードウエアの一部は日本メーカが作っているけれど、基本OSは、アップルとグーグルが作っている。パソコンのOSも、マイクロソフトかアップルの製品で、そのうえで動くビジネスソフトの多くもマイクロソフトやその他の米国メーカが作っている。ソフトウエアという情報化時代の一大産業において、日本のマーケットはほとんど米国勢に抑えられてしまっているのですね。

そして、流通におけるアマゾンは無視できないし、その他にも多くの海外企業が進出している。これらは、様々な形で情報技術を巧みに使って生産性を高めているのですね。そして、この先、放送業界、マスメディアもどうなるかわからない。日本の産業の存亡にとって、相当に危機的な状況がそこにはあるのですね。

話は変わって、動物の様々な種の知的水準を調べるというのは、以前から多く行われていたのですが、近年知性を人工的に再現する上で、知的レベルをどう評価するかという手法は一つ重要なポイントになるわけです。たとえば犬と鶏の違いは、犬は迂回ができるのに対して、鶏は直行コースに障害物があると、その前でじたばたするのみ、などという差があるといわれているのですね。

チンパンジーと人間の間には、過去の経験、現状の認識というレベルでは似ていたとしても、現在ない状態、現在と異なる未来の姿を思い浮かべる能力において格段の差がある。カントは悟性と理性の違いを、理性は時間に束縛されない思考能力で、未来も考えることができるとしているのですね。

だから、現在に束縛された考え方しかできない人を前にすると、猿に近い思考形式であるとの思いに駆られる。この感覚は、「ヒトはチンパンジーの幼形成熟」などという学説を参照すれば、なるほど、となるわけです。つまり、幼いところを残さずに成熟しきってしまった人は、この学説に従えば、チンパンジーと同じということになる。目からうろこではある、というわけです。

わかっていただけますでしょうか?

2 thoughts on “ネットに移行する『放送』

  1. T.reply

    生物学に使われる用語を株の買い占めに適用するのは不適切では?
    あと猿と会話したことのない人間が頭の固い人間を猿のようだと表するのもおかしな話だと思います。
    単に毒を吐いてご自分の権威を誇示したいだけに見えますね。

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