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受け手で異なる言葉の軽重

アゴラ編集部の10/1付けアゴラ記事「『弔辞は電通が書いた』発言を謝罪しても『玉川徹やめろ』の大合唱」へのコメントです。


なぜか「【格安】粗大ごみ回収サービス」などという広告がこの真上に出てますね。これ、私の検索と記事内容のいずれかに応じて出てくるのでしょうが、この手の情報を検索した記憶がありませんから、記事内容に即した広告なのでしょうね。

それはともかく、玉川氏は「軽い気持ちで語ったのだから、大した問題ではない」などと考えているのではないかと思いますけど、過去に多数ありました政治家の失言にしたところで、大抵は軽い気持ち、冗談程度の発言だったと思うのですね。

でも、軽い気持ちで出された言葉も、受け取る側には重い場合もある。特にそれが、おのれが大事に思っていることだったりするとそうなるわけですね。人間の尊厳だとか、そういった自尊心を傷つける場合は、特に大問題になる。

今回も、人々の胸を打った弔辞の価値を真っ向から否定するような一言ですから、軽い言葉といえども、重い意味がある。その点を玉川氏とテレビ朝日はよく考えて、進退を判断されるのが良いのではないかと思います。

1 thought on “受け手で異なる言葉の軽重

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