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スーダラ節考

城繁幸氏の12/8付けアゴラ記事「丁重に扱っていた新人から『成長できそうにないんで転職します』と言われたときに読む話」に対するコメントです。


一番ヤバイのは、与えられた環境に順応しすぎてしまい、自分から動くことがまったくないまま年を重ねてしまうタイプですね。…
でも、実はそんな彼らこそが、今一番会社が黒字リストラで辞めさせたがっているタイプだったりするわけです。

辞めてもらっちゃ困る人がさっさとやめて、辞めさせたい人が全然やめてくれない。企業の人事担当者は、世の矛盾を嘆きたいところでしょうけど、じつはその責任は自らにある。

辞めてもらっちゃ困る人を冷遇して、辞めてほしい人を厚遇するからそんなことになる。あたりまえの話ですよね。それがわかっているなら、実力主義、能力主義もきっちり実現できるはず。

それができなかった理由は、じつはこの手のことを判断する立場の、マネージャなり、人事担当者が、じつは辞めてもらいたい人に属していて、自分自身もこの事実に薄々気づいていたからじゃないのかな?

歌の文句にもありました。わかっちゃいるけどやめられない。サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ。ア、ホレ、、、


類似のエントリーがこちらにありました。


返信がついております。

真柄 剛丞

人事部の力が強いのは日本型会社や役所だけでなく、意外にも米国でも同様とものの本で読んだ記憶があります。ですから、米国型会社になっても人事マンは自分が「辞めてもらいたい人に属している」とは考えない。バックオフィス全体がなくなっても人事は残ると考えていそうです。


瀬尾 雄三

真柄 剛丞さん

> 人事部の力が強いのは日本型会社や役所だけでなく、意外にも米国でも同様とものの本で読んだ記憶があります。

米国でも駄目な会社は駄目で、同じような業種にありながら、日本企業が成長する一方で米国企業が衰退するということは多々ありました。GMしかり、コダックしかり、ですね。

でもこれらの企業がだめな理由は、トップにあって、だから駄目な担当者の増長を許してしまう、それどころか、駄目な人間を重要なポストにつけてしまう。

でも、優秀なトップが来れば、改革は比較的容易なのですね。新しいところでは、Twitterがこの例に挙げられるかもしれませんけど、トップが優秀であるのか、そうでないのかは、私にはよくわかりません。

日本の会社では、なかなかこういう改革は難しい。BPRもできなければ、ジョブ型雇用も形式だけ。当分は、気楽な稼業を続けるしかありません。

1 thoughts on “スーダラ節考

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