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マインドコントロール下の朝日

古森義久氏の12/24付けアゴラ記事「朝日新聞は『国宝』なのか『反日』なのか」へのコメントです。(追記あり)


朝日新聞の論調を見ると、この人たちは、東西冷戦の時代の思想をずっと引きずってきているように思えます。一度信じたことを変えられない、これは、カルト信者にも共通する心理状態で、硬直化した思考様式がそこにはある。何らかの組織的問題を抱えているように思われます。

東西冷戦時代は、1990年前後に発生したソヴィエト連邦の崩壊で東側の敗退という形で幕を閉じたわけですが、どちらが正しいかとなりますと、1970年代までは、「どっちもどっち」であったわけですね。米国も相当にひどいことをやってきたし、東側は、急速に発展しつつあった。少なくともそう見えた。アカデミズムが東側に偏ることも、さほどおかしなことではなかったのですね。

しかしながら、1970年代にOPECが石油価格決定権を奪取すると、1973年と1979年の二度にわたりオイルショックが発生、中東諸国の力を見せつけるとともに、日本の自動車メーカが世界に輸出を増やすこととなった。そして1975年には米国がベトナム戦争で敗北するのですね。

で、1979年が一つの画期であるように思えるのは、二つの本が出版されたこと。一つは、エズラ・ヴォーゲルの「ジャパン・アズ・ナンバーワン」、もう一つはリオタールの「ポストモダンの条件」、パトリック・ライトの「晴れた日にはGMが見える」も同年の出版ですが、こちらはちょっと小粒ですので、数には入れないこととします。

結局のところ、1970年代の終わりには、それまで欧米中心に世界をとらえていた「大きな物語」が終焉し、アジア、中東世界も無視できないという、「多文化併存の時代」になったのですね。それがわかって米国もまともになった。ご存じないのは朝日の人たち、というわけです。


ちょっと気が早いですけど、この歌をお送りします。これ、1980年を迎えるにあたって、この先の10年がどうなるか、興味津々に見ている歌なのですね(後半を聞いてくださいね)。(こっちの方が映像が素晴らしい。)

去年かその前か、この歌を聞きながら新年を迎えたのですけど、その時は、テームズ川河畔の花火のシーンでした。毎年、映像を変えているのでしょうか。そうであればたいしたものです。なにしろ、この歌が出たのは1980年を迎えるとき。40年以上前なのですね。

あ、40年前にはYoutubeなんてなかったか、、、 とはいえ、この『画期』を的確にとらえ、予想しているこの歌は、大したものです。肌感覚に優れていた、ということでしょうか。


ABBAのHappy New Yearの歌詞をご紹介しておきます。全3番の歌詞ですが、二番の“How the brave new world arrives”ですが、このBrave New Worldというのはハクスレーのディストピア小説のタイトルでもあります。日本語に訳せば「素晴らしき新世界」で、文明が極端に進んだ世界だけど人々は人間性を失っている世界なのですね。だから、男はバカだ、道を踏み外しているのに気づかず歩き続ける、なんて話に繋がっていくのですね。

そして、3番で10年後の世界に希望をつないで終わるという、なかなか深い歌詞です。

この歌が歌われた1979年は、上に書きましたようにジャパン・アズ・ナンバーワンが刊行される、アジア中東の力が上昇した時期だったのですが、1985年にプラザ合意がなされて円が急騰し、日本には不動産バブルが訪れる。そして、1989年の終わりが、まさにバブルが崩壊する寸前だったのですね。

こちらもこちらで、なかなか意味深な時代ではありました。

だから、欧米がすごい、というわけでもないところがナンなのですが、、、


結局、自分で返信を入れておきました。

少し早いですけど間もなく新しい年が来ます。この機会に、ABBAのHappy New Yearをお聞きください。この歌の歌詞、実に意味深なのですね。何しろ、1979年の年末に、1989年がどうなっているだろうかなどとうたっている。https://www.youtube.com/watch?v=3Uo0JAUWijM https://song-lyrics.net/entry/Happy_New_Year_ABBA   

ちなみに、二番に出てくる「brave new world」は、オルダス・ハクスリーが1932年に発表したディストピア小説の題名でもあり、文明の発達した世界のばかばかしさと、そこで称賛される野生人を描き出しております。 https://ja.wikipedia.org/wiki/すばらしい新世界

1979年の年末に、こんな意味の歌詞を持つ歌が流れていたとは、まったく驚きというしかありません。

もちろん、リオタールらは、そういう動きをきちんと読み取っていたわけで、これがやがて来るポストモダンの潮流の先駆けとなったことも、むべなるかな、ですね。


(1/2追記)で、1989年に起こったこと、これは正に驚くべきことでした。この年、後に「東欧革命」と呼ばれる社会運動が東欧で勃発、1989年11月にはベルリンの壁が崩壊しております。1989年の終わりに、1979年のタイムラインの先で待っていたものは、予想だにできない世界だったのですね。それを知った上でこの歌歌詞)を聞けば、ちょっと感動してしまいます。

この東欧革命は、1991年のソヴィエト連邦の崩壊へとつながっていきます。1979年の時点で、米国がまともになったことが、結局ソヴィエト連邦を破壊する。逆に言えば、ソヴィエトの無茶苦茶を許していた(あるいは、作り出していた)のは、米国の無茶苦茶だったという、皮肉な現実がここから浮かび上がってきます。

20世紀の終わりにこのようなことが生じて、世界は大きく変わってしまった。この世界に生きるものも、おのれの考え方を少しは変えなくてはいけない、世界に対する捉え方を見直さなくてはいけないのですね。それができていないのが、朝日新聞、なのかもしれません。

1 thoughts on “マインドコントロール下の朝日

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