倉沢良弦氏の1/20付けアゴラ記事「サヨクが頑張ると、日本の有権者は正常化する」へのコメントです。
55年体制といいますか、「保守と革新」という構図の中では、「全体主義と左翼」が対峙していると考えがちですけど、じつは、全体主義には、戦前の日本の国粋主義やドイツのナチズムの他に、共産主義も含むとするのが一般的です。
ここで、我が国の農家にみられるような共同作業、あるいは、WikipediaやLinuxのようなフリーソフトを共同で作る「集産主義(コレクティビズム)」も全体主義に含めて考える見方もあるのですが、イデオロギーに主導される全体主義(ポパーに言わせればプラトン主義)と、人々の自然な感情に基づくつながりからなる集産主義は区別すべきではないかと、私は思います。
で、オーウェルの原点は、スペイン内乱に義勇兵として参加したことで、ナチズムに敵対したのは良かったのですが、スターリンの指揮する共産党に裏切られて、反全体主義の思想を強める。その結果生まれた作品が、動物農場であり、1984年であるわけですね。これらが批判しているのは共産主義に代表される全体主義であるわけです。
そうそう、スペイン内乱といえばヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」が有名でイングリッド・バーグマンの主演で映画にもなったのですが、その冒頭で引用されたジョン・ダンの詩が印象的です。その中のことば「人は島嶼にあらず…ひとはみな大陸(くが)の一塊(ひとくれ)」は、人は一人ではなく繋がっているということ。反ナチズムの義勇兵も集産主義的意識で動いている。これまでを全体主義に入れてしまっては、ちょっとまずそうです。
「保守対革新」という構図は、今では「権威主義対自由主義」という構図に変化しています。で、権威主義は全体主義の一面でもあるのですね。自称リベラルの方々は、そのいずれの側にあるのか、そろそろ旗色を鮮明にしなくてはいけません。
サヨクがんばるな