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都市型社会とインターネット

谷本真由美氏の1/25付けアゴラ記事「震災で見直す日本人の長所と短所」へのコメントです。


村落型社会と、都市型社会の優劣という問題ですね。日本は、村落的人間関係が緊密になりがちなアジア的稲作文明の元にあり、更に異質な他者の少ない島国であったことから、アジアの中でも特異な社会関係が成立しているということでしょう。

村落型から都市型への変化は、工業の発達によって避けることのできない変化で、20世紀に入ったシカゴで問題となりました。Wikipediaの「シカゴ学派(社会学)」などを見ていただくと分かりやすいのですが、我が国で手に入りやすい論文としてルイス・ワースの「生活様式としてのアーバニズム」が高橋勇悦訳で鈴木広編『都市化の社会学 増補版』(誠信書房, 1978年)に収録されています。この本、多くの図書館に蔵書されていると思います。

同書から、興味深い箇所をちょっとだけ引用します。

都市生活様式の明確な性格は,社会学的には,第一次的接触と第二次的接触との交替,親族の 紐帯の弱化,家族の社会的意義の減少,近隣の消失,および社会連帯の伝統的基盤の崩壊にある,とこれ までしばしばいわれている.…
一個人としては事実上無能であるという段階に落されるから,都会人は 同じような利害をもつ他人とむすんで自己の目的を遂げるための集団を結成するよう努力せざるをえない. 人間のもつ欲求や利害と同じ程度に,多種多様な目標をかかげる自発的組織がおびただしく繁殖する原因 はこれである.…
都会人は多くの場合自発的集団の活動を通して自分のパーソナリティを表現し・発展 させ,地位をかくとくし,人生の経歴となる活動分野を決めることができる.しかしこれらの高度に分化 した諸機能が原因となって生じる組織的な枠組はそれ自体,パーソナリティ (その関心はこの枠組のなか に入る) の統一性と統合性の保証とはならないことは,容易に推量されよう.個人解体,精神障害,自殺, 非行,犯罪,背徳,無秩序などは,この事情のもとでは村落コミュニティ以上に普遍的であるとみてよい.

長くなりましたので、別稿に続けます。


(続きです)
村落的社会は、暖かな人間関係が築かれるという長所があり、エントリー主の言われるように、災害に強いという利点もあります。でも、人は生まれながらにして運命を決められ、可能性を広げることが難しいという問題があります。また、これを良しとする考え方では技術的進歩に積極的に乗っていくことも困難で、これが拡大されると社会的進化が阻害されるという問題があります。これは、今日の日本の抱える問題の根源とも言えそうです。

一方の都市型人間関係は、匿名的な冷たい人間関係であり、極端な例では孤独死のような悲惨な結果も招きがちなのですが、それぞれの個人には可能性が開けているという長所もあるのですね。そして、都市型人間関係への移行は、これに抗そうと考えても必然に生じてしまいますから、これに伴う問題にいかに対処するかを考えるべきといえるでしょう。

その解決策として、上の引用部でワースは、「多種多様な目標をかかげる自発的組織」でこれを解決するしかない、と述べます。当時は、社交クラブ的な組織が想定されていたのでしょうが、じつは、電子的コミュニケーションがこれを可能にしたと、多くの研究者が指摘しております。

古いところでは、レーダーバーグは米国の研究組織間を結んだArpanetの誕生とともにあちこちに電子の村が誕生したと述べます。(Proceedings of the IEEE, Vol.66, No.11, pp.1314-1319 (1978)、この号は、なんとインターネット特集でした。1978年という年代に、ですよ!!)

それから10年後の1988年に、ミッシェル・マフェゾリは「小集団の時代: 大衆社会における個人主義の衰退」(古田幸男訳、法政大学出版局 (1997))で、ポストモダンの時代に、人々は小集団的活動を目指すとして、フランスの電子的コミュニケーションシステム「ミニテル」に集まる人々を紹介しております。日本ならさしずめ2チャンネルでしょうか。いずれにしても、電子技術が都市化に伴う問題を解決する可能性がある。これは、大いに希望を与えてくれるのではないかと思います。

1 thought on “都市型社会とインターネット

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