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歴史に学ぶ「適正な為替水準」

中村仁氏の7/3付けアゴラ記事「円安による税収増=インフレ税を歓迎する政府」へのコメントです。


1㌦=160円が防衛ラインだと思っていたら、あれよあれよと、161円台まで円安が進みました。市場関係者から「1㌦=200円もありうる」という声まで聞かれます。プラザ合意(1985年)の時の235円のレベルに言及する人もおります。

「賢者は歴史に学ぶ」と申します。ここで「プラザ合意」に目が向いたことは、大変良い兆候といえるでしょう。誰でも読める我が国の経済史に関する良い資料として、内閣府がまとめた「バブル/デフレ期の日本経済と経済政策」という文書があります。この第1巻2部2章の「プラザ合意後の円高の進行と円高不況」のpdf40-41頁に書かれた1987年の宮澤蔵相とベイカー財務長官との会談内容は、重要なポイントを示唆しております。https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11513838/www.esri.go.jp/jp/prj/sbubble/menu.html

最近の為替相場の不安定は特に協力すべき事態である.(具体的には明言できないが)抽象的にいって(日米両国が)必要なら有効な措置をとると申し上げていいだろう.(日本側が1ドル=165円が適正水準と米に伝えたのではとの見方について)相場の水準についてはベーカー長官同様言えない.(この点で突っ込んだ話し合いがあったのかとの質問に)米国へ行って話し合い,だいたいよかったと思っているのはそういう点だ.日米両国は5ヵ国蔵相会議(G5)の早期実現に努力すると考えてもらって結構だ.

為替安定には日米蔵相会談だけでなく多国間での政策協調が必要との見方を示し,G5ないしG7の早期開催希望を表明した.ただし,「再び1ドル=150円を突破するような事態に対しては,従来通りのドル買い市場介入で対応する方針.また単独介入で抗し切れないような場合は,G5開催にとらわれず日米蔵相会談に基づいて二国間レベルでの政策協調を米国に求め,かつ利下げも弾力的に発動する構え」とも報じられた.

すなわち、1985年のプラザ合意以後急速な円高ドル安が進んだのですが、妥当なレベルが165円と考えられていたこと、150円を割る円高は行き過ぎであって是正が必要と考えられていたのですね。(続きます)


(続きです)この認識は、各国共通のもので、1987年にドル安是正を目的とするルーブル合意がなされるのですが、最終的にドル円は100-130円/$付近で推移することになります。

この間さまざまな経済変動(我が国ではバブルとその崩壊、金融危機、米国ではドットコムバブルに貿易センタービルのテロなど)があったのですが、このような円高水準が維持された理由の一つに、行き過ぎた円高は欧米の輸出産業にプラスとの認識があったのではないか、と私は邪推しております。しかし、行き過ぎた円高で最大の恩恵を受けたのは中国だった。

これには、日本が生産拠点を中国に移す動きも後押ししていたのですね。なにぶん当時の中国の人件費は日本の1/10程度と安く、我が国企業も中国移転で大きな利益を得ることになりました。ただし、国外移転の困難な中小企業の行き詰まりは多く発生したし、「円高不況」を克服するための公共投資を盛んに行い、このための国債発行残高が積み上がるという問題も生じております。

こうした歴史を見れば、130円/$以下が続いた時代は行き過ぎた円高の時代であり、デフレは問題視されましたが、日本人全体として、実力を上回る給与を得、安すぎる物価を満喫した時代が続いたことも認めざるを得ないでしょう。これが150円/$以上の妥当な水準に戻れば、物価は上がるし実質的な給与は低下するのですが、これまでが異常であったと考えるべきなのですね。

異常な円高は、国民にとって「近視眼的には」ウエルカムではある。しかし、国内の産業が海外に逃避する「空洞化」が生じ、貿易収支が赤字に転じて、最終的には円安に至る。これがアルゼンチンなどで生じている経済危機のメカニズムなのですね。今の円安は、ひょっとすると、国力の低下により、円高の維持が困難になった結果であるかもしれない。民主党政権時代の円高が、円にとどめをさしたのかもしれない。そうした見方も成り立つかもしれません。


1980年代末の過度な円高が、じつは欧米諸国が自国の産業振興を狙った意図的なものであったとしたら、その結果中国の興隆を招いてしまったことは大いなる誤算であったでしょう。中国に比べれば、日本は、はるかにくみしやすい。その日本を弱体化して中国を強化してしまったことは大失敗としか言いようがない。

そう考えますと、昨今の円安の裏に欧米諸国の意図があっても不思議はない。そういえば、イエレン長官が最近の日本の円安阻止の動きに苦言を呈しておられました。米国もまた、円安ウエルカムであるように見える。これは、トランプ氏の円安大惨事説とは完全に反対の評価であるわけですね。

なぜ円安がウエルカムかといえば、それが近隣窮乏化につながる策であるから。ハッキリ言えば「中国窮乏化政策」になるからなのでしょう。中国の興隆は世界のリスク要因の一つ。その中国経済は、崩壊のリスクが高まっている。円安にその背中を押す効果があるなら、それはやるしかない。欧米がそう考えることは大いにありそうなことなのですね。そしてそれは、我が国にもウエルカムなことでもある。

まあ、そういった私の見立てがどこまで正しいか、自分でもわからないところが多いことは確かです。でも一つだけ言えることは、世界はとっても複雑であるということ。アベガー、クロダガー、キシダガー、メガネガー、などといっておれば済むものではない。

ここは、歴史を振り返り、あるべき状態から上下への振れの歴史を見直し、今がどうなっていて、この先どうなるかという、冷静な分析が必要なところではないでしょうか。特に混乱した時に頼りになるのは長い目での見方、歴史に学ぶ必要性はそれだけ高まろうというものです。

1 thoughts on “歴史に学ぶ「適正な為替水準」

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