ブルームバーグが「ドル安望むトランプ氏、言うは易し行うは難し-オーサーズ」と題するコラムを配信しております。これには、いくつかおかしな点がありますので、以下、解説しておきます。
ドル円チャートのおかしさ
まず最初に目につく、おかしな点が、以下のドル円の長期チャートです。
1985年はプラザ合意の年で、これを境に円が急騰したというのが歴史的事実。つまり、それ以前の円は200円以上のレベルにある、はるかに円安であったのですね。正しいチャートを以下に示しておきます。
ブルームバーグのドル円チャートは、何らかの補正を行っている可能性もありますが、このような形になることは考えにくい。160円で折り返しを行うなど、チャートとして正しくない処理が行われている可能性が濃厚であるように思われます。そして、これを根拠に以下のような結論を述べる。これは非常に問題のある記事といわざるを得ません。
円の弱さは目を見張るほどだ。日本製品が米国市場にあふれていた70年代や80年代よりも円は安い。米国の店頭にかつてほど日本製品が並んでいるわけではないが、日本は為替レートのおかげで過去60年間になかった強い競争力を手にしている。
もう一つ、このコラムが無視している点が1987年に行き過ぎたドル安(円高)に歯止めをかけるべく「ルーブル合意」がなされている点です。ここで問題となったのは、ドル円が150円/$を突破して円高が進んだこと。この情報があれば、現在の「円安」は、ルーブル合意時点(そして恐らくはプラザ合意時点でも)のあるべき為替水準に近い、「正常化」であると解釈されなくてはいけません。
トランプ氏の経済政策
コラムは、トランプ氏の経済政策について、次のように語ります。
これに対し、トランプ氏の政策綱領には矛盾がある。同氏が実現を目指す経済政策のリストは
1.関税
2. 利下げ
3. ドル安
4.財政拡大
5.インフレ低下
1-4のいずれも、5番目のインフレ低下とは相いれない。全ての条件が同じであれば、共和党の政策綱領はインフレ押し上げ策の羅列だ。関税や財政拡大は金利も押し上げ、ドル上昇に寄与するだろう。キャピタル・エコノミクスの副マーケッツエコノミストのジョナス・ゴルターマン氏は、「トランプ氏の問題はドル安を望みつつ、やりたい政策は多かれ少なかれ全てドル高に働くということだ」と指摘。「やりたいことをただ口に出して、自動的に実現するだろうと考えるのは大間違いだ。それが問題の核心だ」と語った。
ここで、上のリストだけでは、トランプ氏の政策1-4はインフレ政策であると言えるでしょう。しかしトランプ氏には、もう一つの政策を追加することができる。それは「補助金」なのですね。この「補助金」も、じつは、自国通貨安政策と同じ「近隣窮乏化政策」の一つで、たとえば、鉄鋼業を助けようと思えば「鉄鋼生産1トンあたり何ドル」という補助金を出せばよい。
インフレを防ぐためには、食品やガソリンに補助金を出す。こういった政策は、日本も行っているし、中国も行っている。米国がやれないわけではないのですね。
まとめ
そういうわけで、このブルームバーグの記事は、ちょっとおかしい。おそらくは、反トランプという記者のポジションがそう言わせているのではないかと思います。
ただし、トランプ氏がいくつか勘違いをしていることは、その通りなのでしょう。つまり、ドル安にしたところで、ラストベルトは救われない。今日米国鉄鋼業が苦境にあるのは、中国の鉄鋼生産の急速な増大で、それを可能とする中国の政策的支援、あるいは環境問題軽視といったところにある。これに対しては、中国鉄鋼製品に高い関税を課すのが最も効果的で、その理由も、中国政府による鉄鋼業の保護政策などから、充分に合理的説明が成り立つでしょう。
また一方では、そういう中国鉄鋼業を相手に日本の鉄鋼会社が良い勝負していることを考えれば、米国鉄鋼業の技術的な遅れといったものもこの苦境のもう一つの原因でしょう。となれば、技術的なてこ入れも必要。日本製鉄によるUSスチール買収は、その一つのきっかけとなり得る。ここは、メンツにこだわっている場合ではないように思います。
Make America Great Once Again
そもそもトランプ氏の最大の目標はここに掲げた「偉大なる合衆国よ、ふたたび!」というスローガンに代表されているはずです。そういう意味では、今は歴史的な大チャンスなのですね。
なにぶん、米国が世界に冠たるうえで障害になる国は、経済的には中国であり、軍事的にはロシアであるわけで、中国は経済危機の一歩手前にあり、ロシアはウクライナで戦争を泥沼化させている。
この状況下で米国を偉大にする道はただ一つ。軍事的にロシアを弱体化させ、経済的に中国を弱体させることしかないはずなのですね。それには、ウクライナの支援を最大化し、中国を締め上げる。後者は現在のトランプ氏の政策に含まれていると思われますが、前者が抜けている。
ここは、米国にだって多数いるはずの知恵者の協力を得て、正しい戦略を定めなくてはいけない。おそらくは、その戦略は、日本や欧州を仲間に引き入れて、彼らの力も最大限利用するものになるはず。まあ、トランプ氏もそうそう愚かではないはずですから、ここは様子を見守ることにしたいと思います。
なんつーかトランプさんはロシアが好きというイメージがあるな。