有馬純氏の1/3付けアゴラ記事「第7次エネルギー基本計画について考える」へのコメントです。
第7次エネルギー基本計画の素案は、再エネと原子力の併用を明確にし、脱炭素目標を掲げたものの、評価は賛否両論に分かれています。反原発派からは「福島の教訓を無視」と批判される一方、支持派はエネルギー安定供給や競争力強化を理由に歓迎。
なかなか含蓄のある文章ですね。手段と目標の入れ替わり、と言いますか、そもそも何をしたいか、という点で論理がひっくり返っております。つまり、原発推進派からすれば、脱炭素目標は、原発推進のための格好の手段になるわけだし、反原発派(=自然エネルギー推進派)からすれば、「脱炭素のために」は(事故を起こす原発ではなく)自然エネルギー推進の手段となるわけです。
でもそもそもの目標は、SDGs、つまりはサステイナブル(持続可能)であって、だから温暖化を防止するために炭素消費を減らすべしとなるわけですね。でも今の原発は放射性廃棄物処理のめどが立っていない。炭酸ガスの代わりに放射性廃棄物を蓄積してしまったら、一つの問題が別の問題に置き換わるだけなのですね。
将来の原子炉に小型モジュール炉(SMR)が注目されているのだけど、現在の沸騰水型原発を小型化して安全性を高め、量産によるコストダウンを図るだけではあまり意味がない。高速炉を小型化すれば、燃料を燃やし切って放射性廃棄物無害化の時間も短縮される(10万年→300年?)。六ヶ所村の再処理プラントとドッキングすれば、既存の廃棄物も処理できそうです。
これは一例だけど、そうした長期的なシナリオに依拠して政策を展開するのが本来のSDGsであり、地球温暖化対策のはずだけど、今のエネルギー議論は目先の利益追求に流行の思想をただ利用しようとしているだけ。裏読みすれば賢い人たちなのかもしれないけれど、議論の表面を見る限りでは、単なる愚か者たちの議論のように見えてしまいます。
水素水素