自由主義研究所の4/2付けアゴラ記事『すべて、MMT』へのコメントです。
アメリカは1世紀以上にわたって、根本的に誤った「政策」をどうやって実行するかについて議論してきた「安定派」の金融政策の体制下にありました。
これが失敗して経済が不安定化するたびに、我々は自由市場と規制緩和を非難し、金融政策を別の「経済運営」のために利用しようとする批評家たちの非難にさらされます。
つまるところ、経済運営を政府に委ねるのも、個人に委ねるのもダメ、ということですね。もしそうであるなら、思考モデルの次元数を一つ増やさなくてはいけない。
つまり、経済に対する考え方は、直線上のどの部分に位置するかということではなく、三角形上のどの領域に位置するか、ということ。マルクスからハイエクに至る、図に示された直線上の考え方は、三角形で見た場合は、いずれも極端な考え方だ、ということになるわけですね。
そうなりますと、この図にない新たな次元は何か、マルクス、ハイエクに加わる、三角形のもう一つの頂点に位置する経済学者は誰か、ということになりますが、これは「経済運営を神の見えざる手に委ねよ」とするアダムスミスを置いて他にはないでしょう。
アダムスミスの立場は、経済の動向を決めるものは、需要と供給、すなわち、消費活動と生産活動のバランスであり、金利でこの動きをある程度コントロールできるものの、基本は民間の活力に委ねるしかない。だから、政府はこの動きを損ねないようにしなくてはいけない。補助金じゃぶじゃぶのような、民間活力を損ねるような政策は、愚の骨頂ということになります。そういう意味では、今日の経済学者のほとんどは間違っている。このエントリーの主張はそういうことですね。まったく、その通りです。
二次元