岡本裕明氏の8/7付けアゴラ記事「戦後80年、次なる歴史認識は?:石破首相による『メッセージ』の注目点」へのコメントです。
日本も一時期を除き基本的には平和志向でありますが、もちろん歴史を見れば豊臣秀吉の朝鮮出兵など例外はあります。これなど出兵に関し、いまだに明快な理由は出ておらず、歴史学者が様々な見解を示しているところですが日本人の傾向というより秀吉の単独的判断であり、朝鮮出兵させられた武士は基本的にはあまり気が進まない戦いだったと理解しています。
秀吉の朝鮮出兵の理由は、普通に考えれば、日本全土を掌握したら、次は朝鮮半島から中国本土となるのが自然な流れです。武家政権は、いうなればミリタリーガバメントなのですから、戦争をして国土を拡張するところに存在理由があるのですね。
西郷の征韓論は、当時の朝鮮政府がふがいないという問題があり、ロシアの南下を防ぐとの意識もあったでしょうけど、その後の日本の動きを見れば、これも日本のアジア進出という考えがあってのことのように思えます。遅れたアジアを進んだ日本の指揮下に置いて欧米に対抗する。大東亜共栄圏の考え方自体は、早い時代からあったのではないでしょうか。
つまるところ、アジア人が平和主義者で欧米人が好戦的というのは、少々身びいきに過ぎるように思われます。チンギスハーンの蒙古帝国など、ヨーロッパを脅かしたこともあるのですね。
結局のところアジアの多くの人々が平和主義でいられたのは、温暖な気候に恵まれ、寒さをしのぐ必要も薄く、あまり食料にも困らないという自然環境があってのことで、ならば争いをする必要もなく、軍事的には弱体化する。欧米は厳しい環境で生き抜く必要があり、他人の物を奪う必要もあったのでしょう。でも、基本的なところでは、人類、西も東も大して違ってはいないと思いますよ。