中村仁氏の12/15付けアゴラ記事「さあ大変!高市首相の拠り所、リフレ学者(アベノミクス派)が内部分裂?」へのコメントです。
財政の健全化、という課題に関しては、1995年以降急増した国債発行残高のその後の推移をみる必要があるでしょう。これが増加の一途をたどったのは、外需ではなく内需頼みの「円高不況対策」。円高による輸出不振を公共投資という内需でカバーしようと考えたのですね。https://www.mof.go.jp/zaisei/financial-situation/financial-situation-01.html
これが問題視されたのが小泉政権の時代で、財政赤字の拡大を止めることは、小泉行財政改革の主眼でした。そして、2005年以降、国債発行残高の増加にブレーキがかかっております。この政策は、のちの、安倍、福田、麻生政権にも引き継がれたのですが、国民に我慢を強いる支出抑制の政策は不人気となるのは当然で、ついには政権交代に至ってしまいます。
で、民主党政権時代には、国債発行残高は再び急増します。これは、いわゆるバラマキもあったのですが、1ドル80円を割る極端な円高が2年ほど続き、我が国の国内生産業が成り立たず、貿易収支が悪化、税収が国債発行による収入を下回る緊急事態となり、ついに野田政権は消費税増税に追い込まれてしまいます。https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2024/2024honbun/i1320000.html https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/010.pdf
このような日本のピンチに登場したのが安倍政権で、「金融・財政・成長」の三つの戦略(三本の矢)を掲げて、まずは大規模金融緩和により国内産業を立て直します。ただし、国外に逃げてしまった工場までは呼び戻せず、貿易収支は民主党政権以前の黒字までは回復せず、大幅な赤字を解消してプラスマイナスゼロ付近に戻したにとどまっております。
貿易収支が完全回復できなかった理由は、成長戦略が不十分であったこと、新しい産業が我が国に育たなかったことが挙げられます。これは言うは易く行うは難しで、国内の人事諸制度の組み換えなども必要だったのでしょう。これに関しては、今後も腰を据えた取り組みが必要だと思います。しかしこれを置いても、アベノミクスは、かなりの成功を収めている、少なくとも民主党政権の招いたピンチからの脱出には成功している、と言えるのではないでしょうか。