岡本裕明氏の1/4付けアゴラ記事「アメリカのベネズエラへの対応」へのコメントです。
世界で200カ国弱ある国々がモザイク状になりながらもバランスを取り続けているのは国際ルールと称される成文化した取り決め、非成文化ながらも道徳と抑制心のもと、コミュニケーションを取りながら社会が成立しています。もしも今回のアメリカのやり方が何らかの形で正当化されるなら世界のモザイクが崩れる予兆になり、国際社会に大きな波紋を起こすことになるでしょう。
本来は、軍事作戦は国連主導で実施されるべきなのですが、この原則を崩してしまったのが、1999年のNATOによるユーゴ空爆でした。
ここで問題とされたのは、ミロシェビッチの残虐行為をやめさせることだったのですが、国連決議は中ロの拒否権によって否決されると予想された。そこで、NATO軍が国連決議を得ることなく空爆に踏み切ったわけですね。米国のベネズエラ大統領夫妻拉致も、この延長線上にあるといえるでしょう。
この悪しき前例を作ったのは、直接的にはNATOだし、その原因はミロシェビッチにあるともいえる。だけど本質的な問題は、国連に旧連合国の拒否権があることで、本来調停に動くべき国連が機能不全に陥ることもある。ならばミロシェビッチのような人物を放置して良いか、という問題があるのですね。
結局のところ、お花畑の人たちは、国連第一と考えがちだけど、実際のところは、国連と言えども十分に機能するものではなく、それぞれの国が己を守れるだけの力を持たなくてはいけないと認識しなくてはいけない。そして、他国から付け込まれるような不道徳を国内に放置しないことです。この世界、そうそう簡単な仕掛けになっているわけではないのですね。