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プラグマティズムと『国際法』

長谷川良氏の1/6付アゴラ記事「ベネズエラ軍事介入と『国際法』の関係」へのコメントです。


「国際法より現実の政治状況を重視」といえば、憲法学者や法律専門家から激しい批判が飛び出すことは間違いないだろう。そして「危険な思想だ」と受け取られるかもしれない。国際法を無視した場合、世界は弱肉強食の世界に戻り、軍事大国が世界を専制支配していくと警告を受けるかもしれない。

それでは国際法と国連憲章は世界を平和にしただろうか。世界が大混乱に陥るのを防いできたといわれるかもしれない。はっきりしている点は、国際法も国連憲章も人間の幸せ、平和な世界の建築のためにあるもので、逆ではないはずだ。極端にいえば、人間、国民、国家が幸せになれないのならば、高尚な内容を明記している国際法、国連憲章も意味がなくなる。

カントの「定言命法」と「仮言命法」みたいなお話ですね。この「定言命法」とは、「人を殺すなかれ」のような、絶対的に守るべき規範として天下り的に与えられる規則であるのに対して、「仮言命法」とは、「なになにをすればこうなる、だからこれをやってはいけない」という形で、現実的に守るべき規範であり、理性的思考の下で成立する規範なのですね。

で、プラグマティズムはカントの思想から定言命法を取り去ることで成立したといわれております。今日の米国社会を支配している思想はまさにこのプラグマティズムなのですね。

定言命法、仮言命法はカントの倫理学の基礎をなすものですが、ベネズエラをめぐる政治情勢にあてはめれば「国際法」が定言命法に相当し、麻薬取引や人権抑圧といった眼前でまさに生じている問題の解決が仮言命法にあたる。プラグマティズムの徒としては、空虚なお題目に束縛されず、眼前の困った人を救わなくてはいけない。これはこれで不思議なことは何一つありません。

まあ、藤原正彦さんの著「国家の品格」は「ならぬことはならぬものです」という会津藩の幼児教育「什の掟」の言葉を高く評価しております。これはこれで美しい考え方ではありますが、欧米風グローバルスタンダードからは、ちょっとずれたところにあることも確かであるように思われます。

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