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問題は偏向報道より知性の劣化

音喜多駿氏の1/24付けアゴラ記事「『強くて怖い日本』って何?:オールドメディアの偏向報道が酷い!」へのコメントです。


「強くてこわい日本」対「優しくて穏やかな日本」が偏向報道であることは論を待ちませんし、こんなものを平気で放送してしまうメディアのゲートキーパー機能喪失にも驚かされるのですが、それ以上に、これらの言葉を使う人たちの知的水準の低さが、深刻な問題であるように思われます。これ、客観的判定基準に照らして、どの程度になるでしょうか。

道徳意識の発達段階に関しては、コールバーグの説が有名なのですが、これによりますと、10歳頃までの前慣習的水準は外部からの罰や報酬で判断し、『第1段階が懲罰回避』、『第2段階が欲求充足』のために行動します。

思春期頃になりますと、慣習的水準と呼ばれる段階で、『第3段階のよい子志向』が対人関係を重視し、『第4段階の遵法志向』になりますと法と社会ルール重視となります。

そして、後慣習的水準と呼ばれる成熟した大人になりますと、普遍的な個人の倫理原理が重視され、『第5段階の社会契約的志向』がルールを作れる段階、『第6段階の普遍志向』は、一部に「釈迦やキリストのレベル」などともいわれておりますが、普遍的な原理に基づく善悪判断を可能といたします。

さて、「強くてこわい日本」とか「優しくて穏やかな日本」という判断基準は、この道徳意識発達段階のどのあたりにあるでしょうか。これ、第1段階の「懲罰回避志向」にとどまっているようにしか見えない。つまり、今日のマスメディアの道徳意識は、10歳児以下ということだ。ここまでの知性レベルの退化、これは相当に深刻な問題ではないでしょうか。


(1/31:追記)このお話、続きが出ていますね。https://news.yahoo.co.jp/.../9037da65a8d3b580a334e2dc3420...

当日の放送の最後ではメインパーソナリティの河田直也アナウンサー(51)が「誤解を招くような表現がありました」と謝罪。翌日放送の冒頭では河田アナの謝罪に加えて、の武田氏自らも「各党の公約を有権者が投票する際に分かりやすく伝えたかった」などと企画の意図を説明。さらに「“強くてこわい日本”の表現が不適切で、“強くて手ごわい日本”が正しかった」と訂正した。

「“こわいという言葉は国民に脅威になる意味ではなく、軍備を拡大している中国やロシア、北朝鮮などから見ての手ごわい日本という意味”と説明していた武田氏でしたが、Xでは説明に納得いかないユーザーが続出。放送中から、《だいぶ無理がある言い訳》などと呆れ声が上がってしまいました。放送後も武田氏の発言が、騒動を収めることはできませんでしたね……」(前出・WEBメディアライター)

この言い訳、いくつか無理があります。第一に、「強く手ごわい」と「優しくて穏やか」では対になりません。「強く手ごわい」に対応するのは「優しく穏やか」なのですね。つまり、「て」を抜かなくてはいけない。第二に、「手ごわい」を漢字で書くと「手強い」。通せば「強く手強い」になるのですが、これっておかしくはないでしょうか。

この毎日放送の言い分は、毎日放送の国語のセンスが全然ないことを物語っているのか、それとも、苦し紛れの言い訳のどちらかであり、少なくとも放送局をやるような人たちであるなら、まず間違いなく後者であると考えるのが妥当だと思います。早い話が「往生際が悪い。」ここは、ひたすら謝り、関係者に適切な処分を下すというのが、正しい道ではないかと思います。