谷本真由美氏の2/15付けアゴラ記事「なぜ日本では左翼の人気がなくなったのか?」へのコメント(ブログ限定)です。
ネットがあまり発達してこなかった頃は、左翼というのはソ連のコミンテルンのプロパガンダの手法を様々な分野で展開しまくって、特に情報を独占していました。......
ソ連が崩壊した原因の1つが、人々が外の世界の情報を入手するようになったことでした。
つまり日本をはじめとする先進国の左翼も、インターネットによる情報の革命により消滅していく運命なのです。
ソ連が崩壊した原因は、西側諸国との間に経済格差がついてしまったことで、ソ連の人々が外から入手した情報のうち、西側の豊かな生活を伝えるものは、ソ連を含む東側諸国の人の心を強く動かしてしまったのですね。東独が崩壊した原因がテレビ放送にあったことはよく言われることです。インターネットによる情報革命は、このような動きをさらに加速することも事実でしょう。
でも、もう一つの理由、つまりかつて左翼があり得た理由は、単に「ソ連のコミンテルンのプロパガンダ」ばかりではなかったのですね。西側諸国も種々の問題を内包していた。東西対立ゆえの非人道的活動は、東側諸国の独占するものではなく、西側もいろいろとやっておりました。最近、「ロシアの反政府政治家だったナリワヌイ氏がロシアに毒殺された証拠が見つかった」とするニュースが流れておりますが、以前は民主的に選ばれた反米政権の指導者をCIAが暗殺するなんてことは、それほど珍しいことでもなかったのですね。
西側諸国、特に米国で大きな問題となっていたのがベトナム戦争と人種差別問題で、これに反対するコロンビア大学の学生運動は「いちご白書」という映画で一時代を風靡しました。また、世界各地で反戦運動が盛り上がったほか、工場による大気・水質汚染による健康被害や自動車事故、薬害など、様々な住民への被害もあり、各地で反対運動がおこったのですね。これらの運動を主導したのが当時の左翼であり、特に社会問題に敏感な若者たちに大きな支持を得ておりました。
これらの運動が功を奏したか、社会を指導する人たちもその問題を深刻にとらえたということもあったのでしょう、これらの問題は徐々に解決されてきた。しかし変わらなかったのが左翼であり、野党政治家であり、政府に批判的なマスメディアであった、ということでしょう。つまり彼らは時代の変化についていけなかった人たちであり、やがて消滅していく運命にあるというのは、このままであれば、自然な道なのですね。
では日本に野党はいらないか、自民党に任せておけばよいか、となりますと、そういうわけにもいかない。健全な批判者の存在は、民主主義が存続するための一つの条件なのですね。ここで「健全な批判者」というのは、単に政府の足を引っ張ればよいというものではなく、それぞれの思想なり理想とする状態に基づく価値基準を持ち、現在の社会に対する問題意識を持ち、これに基づいて政府の批判を行う人たちを指します。
現在の与党が抱える一つの問題は、様々な既得権を抱えた利益集団が、技術や国際政治や経済情勢や自然環境の変化によって古臭くなり対応力を失っているにもかかわらず、古いやり方を続け、古い秩序を守ろうとすることなのですね。ところが野党も、労働組合や様々な既得権益を抱えたマスメディアという、古い秩序の上に成り立っている。これでは、今日では存在理由を失っております。
では希望がないか、といえばそうでもない。インターネット革命は、既存秩序とは無関係に人々が結びつくことを可能としております。近年登場した弱小政党の多くは、この新しい技術に支えられるところ大でしょう。ただ、ネットはお金を稼ぐ道具にもなり易く、果たして彼らが理想の実現を目的としているのか、経済的利益を目的としているのかがわかり難いことが難点です。
もう一つの可能性は「学問」であり、今日の学術社会はそれ自体が一つの既得権益を抱えた利益集団的なふるまいをしている面もあるのですが、学問の本質は、新しい知識の追求であり、古い知識にいつまでも寄りかかっていることは、学問研究とは言えないのですね。社会関連の学問が取り組むべきは、今日の多くの社会問題に対する解決策を示すことであり、その問題が新しいだけに、新たな道がおそらくは解決策になろうというものです。
学術組織が利益集団化しているとしたら、まじめな学者にとっては大きなチャンスでもある。つまり、まじめに問題解決に取り組む人が少ないなら、それは「ブルーオーシャン」だということなのですね。こういう人たちと、ネットをベースとする新興政党が結びつきますと、これは大きな流れにもなり得る。私が野党として期待するのは、そうした人たちです。
とはいえ、利益集団化した既存の野党(リベラル=左翼)政党には、これらの道は相当に困難であるように見えます。古きは去り、新しきが大勢を占める、これが時代の流れというものでしょう。ぼろぼろの段ボール箱に山のように紙書類を詰め込んで議員宿舎を後にする、落選野党(左翼)議員の後ろ姿からは、何かそうした時代の流れが透けて見えるような気がいたしませんか?