新型コロナも沈静化して、この騒動を振り返ってみる余裕も出てきたのですが、そういえば似たような話が、と思い出して読みだしたのがフレドリック・ブラウン氏の「火星人ゴーホーム」だったのですね。
最初にお断りしておかなくてはいけないのは、この書物、現在は絶版中で、中古のみが入手可能です。アマゾンをみますと、ハヤカワ・ファンタジー版とハヤカワ文庫版から売り物が出ておりますが、特に後者は価格に注意。べらぼうな値段がついております。大した本でもありませんから、図書館でのご利用をお勧めします。
ちなみに私が読みましたのはハヤカワ文庫SF213昭和61年発行の第12刷です。この表紙、アマゾンのリンクにあります表紙写真(下図左)とは少々異なり、この中で「火星人がみております絵」が私の読みました書物の表紙そのもの(下図右)となっております。
このお話は、好奇心旺盛でいたずら好きの火星人が大挙して(10億人ほど)地球にやってきて、人類が大いに困惑するというお話です。
この火星人たち、視界を遮り声を発するという視聴覚効果は有するものの、触覚に感知せず、質量もゼロで移動も自由、透視能力も持つという厄介者なのですね。人々のプライバシーはなくなり、秘密は保てなくなる。そして火星人たちは人々の行動を邪魔することを無上の喜びといたします。
その結果、人類社会には深刻な影響が及び、以下のような大問題が生じるわけです。いわく、、、
不況の始まりは、株式市場の暴落ではなくて――もっとも、これも間を置かずに起こったが――まず、数百万人の人びとが、突如、一斉に職を失ったのが皮きりだった。
娯楽事業に関係のあった者たちは、ほとんど一人残らず失職した。芸能人ばかりでなく、道具方や照明係、切符係、そして掃除女までが同じ憂き目をたどった。何かの種類の職業スポーツに所属しているものも、また同様であった。映画産業の関係者も例外ではなかった。ラジオやテレビの関係でも、放送機器を操作したり、すでにフィルムやテープにとってある番組の再放送にあたるごくわずかな技術者たち以外は、残らず解雇された。それと、アナウンサーや解説者もひとにぎりほど残された。
オーケストラやダンス・バンドの演奏者も、一人余さず路頭に迷うことになった。
ああ、何をか言わんや、である。
スポーツと娯楽事業によって、直接あるいは間接に、どれほどの人間が生計を立てていたか、それまでは誰も正確な数を知らなかった。彼らが一度にそろって失職してはじめて、数百万人にものぼることが判明したわけである。
そして娯楽関連株がほとんど零にまで下がったことが、株式市場の大暴落のきっかけとなった。
市況はますますひどくなる一方で、いまだに見通しがついていない。
自動車の生産台数は、前年度の同じ月に比べて、八十七パーセントも下落した。まだ仕事と金をもっている人たちですら新車を買おうとしなかった。みんな自宅に閉じこもっていた。どこに行き場所があるというのだ? たしかに、勤め先へ自動車で通っている人びともあったが、そういう目的なら、古い車でじゅうぶん用が足りた。これほどの不況の中にあって、新車を買い込む馬鹿がどこにあるだろう。ことに中古車売り場には、せっぱつまって売りに出された新品同様の車がだぶついている始末なのだ。それよりも驚いたのは、自動車の生産台数が八十七パーセント減少したことではなく、新型車が一台も製作されていないという事実だった。
そして車の運転が必要欠くべからざるときのみに制限されたため――ドライブ遊山ももはや楽しみではなくなり――油田や製油所は大打撃を受けた。ガソリンスタンドもなかば以上が閉鎖された。
鉄鋼界、ゴム業界も、打撃をこうむった。また失業者が増えた。
人々の持ち金が減って、家を建てようという者がなくなったため、建築業界も火が消えたようになった。またまた失業者が増加した。
このお話の主人公(SF作家)も、火星人がうようよいる世界ではSFを読もうなどという人は現れず、失職してしまい、金を得るために種々苦労するというのがこのお話の筋となっております。
ともあれ、上の引用部にあります、火星人による社会的経済的影響が新型コロナによる影響と似ている、と思い出したことが同書を再び読んでみようという気を起こした理由。おかげさまで昨日はすっかり時間を取られてしまいました。
フレドリック・ブラウンは、SFとミステリーの世界で興味深い作品を多数発表されているのですが、今日ではほとんどすべてが絶版となっております。
その理由ですが、火星人ゴーホームを再読してなんとなく感じたことは、「政治的に問題あり」。同書でも、火星人に対応するためアフリカの祈祷師が「ジュージュー」なる祈祷をはじめるのですが、祈祷をしたのは彼で6人目。その前の5人は、祈祷に失敗して、みんな喰われてしまった、と。
こりゃだめだ、、、
最近出ましたフレッドリック・ブラウンの作品が一つだけありました。題して「アンブローズ蒐集家」。フレドリック・ブラウンのミステリーシリーズに「エド・ハンターもの」というのがありまして、その中の未翻訳であった一作品が最近やっと翻訳されたのですね。
エド・ハンターシリーズなどは、比較的問題も少なそうですし、これを機に、フレドリック・ブラウンの作品が種々再版されることを願っております。
先日横浜有隣堂で、「真っ白な嘘(新訳版)」のキャンペーンをやっておりました。最後の話が面白いというのが有隣堂の一押し。同書はKindle版も出ているのですが、Kindle版では最後の話が成り立たないという書評も出ております。なぜかは書きませんけど、だからこその有隣堂の一押しであったか、と勝手に納得しております。
ちなみに、「まっ白な嘘(旧訳版)」も出ております。こちら、1962年と、相当に古い出版ですが、まだ新品があるとしております。それほど売れ残っていた、というものなのでしょうか。気になりますね。あ、増刷をしていただけかな?
私は復活の日を思い出しました。
草刈正雄の映画です。
あれはまさにコロナの出来事のようでした。