少し前のエントリー「核融合のインパクト」では2030年代にも核融合が実用化しそうで、これを織り込みますと今日の世界が抱えている大問題が様相を一変するというお話をいたしました。この時代に備えるため、何をしておけばよいかというテーマで、本日は議論したいと思います。
問題意識
我が国は、国際協力のもとに進められているITER(イーター)に参加する形で核融合技術開発を押さえてはおります。しかし、各国はこれとは別に、民間主導のプロジェクトを進めている。そして普通は民間の研究開発が先に行く。そうなりますと、我が国は、情報技術で後れを取った如く、エネルギー分野でもまた後れを取ってしまうことにもなりかねません。
2030年代といえば、早ければたったの10年後。この手の問題には、早期に対応しておく必要があるでしょう。そこで、このエントリーでは、ITERが考えていることと、その次となる技術が何かという点を考えてみたいと思います。
また、最近のエントリー「未来人材ビジョン」で、我が国が専門職の能力向上のための環境が劣悪であることをご紹介したのですが、世界の技術の変化を事前に読んでこれに対応するということをやってまいりますと、専門職の能力を向上する方向に社会が変化することも期待できるのではないか、とも考えてのことなのですね。そういうことを何もしない、というのが今日の大きな問題であるわけですから。
着眼点
我が国だって、技術開発は、これまでも多く行われてきたし、多くの人材がこれに関わり、多くの分野で世界をリードする立場にもなっている。また、個々の技術者の実力は、そうそう低いわけではない。だけど、これらを総合して一国の産業を興隆するという形にはなかなかなっていないのですね。
それには、未来人材ビジョンで問題視された、閉鎖的な雇用慣行の故に自己研鑽の必要性を感じないし、研究開発管理に長けた有能なマネージャが少ないし、何よりも全体的な戦略のもとに各プロジェクトを位置づけるということができていない。
ここで、核融合という一つの技術を取り上げれば、これはすそ野の広い技術だし、それが影響を与える遡及範囲も広いですから、戦略的視点の一つのモデルが提示できるかもしれません。まあ、そういう観点から一つ、核融合技術とその実用化に向けて準備しておくべき点について議論したいと思います。
磁場閉じ込め型核融合の基本的考え方
現在ITERで計画されているのは、トカマク型と呼ばれる磁場閉じ込め型の核融合炉で、重水素(D)とトリチウム(三重水素:T)を反応させるものです。下の絵はそのおおよその構造で、一番右がWikipedia掲載のITERの模型で、左と中央は、1976年の日本原子力研究所が公開した「核融合炉核設計とブランケット炉物理実験の設計への適用」の掲載図です。我が国の核融合研究は、かなり先行しており、ITERプロジェクトでも重要な役割を果たしております。図の中央は、一つのリアクタモジュールで、右のITER模型に対応しております。ドーナツ型をしたパイプの中心部分でプラズマが生成し、これを「ブランケット」と呼ばれる酸化リチウム(Li2O)を格納した容器が取り囲んでいます。
プラズマの内部で生じている反応を式で書きますと、2D + 3T → 4He + 1n + 17.59 MeV となり、重水素DとトリチウムTが反応してヘリウムHeと中性子nが生成します。同時に17.6 MeVのエネルギーが生じるのですが、この大部分が中性子の運動エネルギーとなります。高速の中性子は磁場に閉じ込められることはなく、炉壁に衝突する。この中性子による炉壁の損傷が一つの技術的課題となります。
燃料の一つである重水素Dは、天然水中に0.015%含まれており、その分離は現在でも工業的に行われており、原子炉や医薬、研究用途などに利用されています。一方、トリチウムTは、自然界にはほとんど存在せず、現在ではリチウムから次の反応で作ることが計画されています。
6Li + 1n → 4He + 3T + 4 .78MeV
7 Li + 1n → 4He + 3T + 1n' - 2 .47MeV
リチウムは6Liと7Liの2つの同位体があり、7Liが92.5%と大部分を占めます。そして、6Liの反応は中性子のエネルギーが低い場合(熱中性子に対して)に生じ、7Liの反応は中性子のエネルギーが高い側で生じます。核融合反応は高エネルギーの中性子を発生しますので、炉壁に置かれたリチウム入りのブランケットは、まず、7Liが反応して中性子を再生し、副生する低エネルギーの中性子が6Liと反応する形をとります。
ブランケットは下図の構造をしており、先端部分にモリブデン容器に格納した酸化リチウムが詰め込んであります。ここにヘリウムガスを送り込むことで、ブランケット内部に発生した熱を取り出すとともに酸化リチウム(Li2O)が中性子と反応して生じるトリチウム水(T2O)を外部に取り出します。その裏側に置かれた黒鉛は、高エネルギーの中性子を熱中性子(0.025eVなど)まで減速して外部の装置部材の損傷を防ぐとともに、一部の中性子を反射してトリチウム生成反応を効率化する役割を果たします。
トリチウム一原子が反応して生じる高エネルギー中性子一つでトリチウム1.16原子を製造することができるという報告もあります。つまり、トリチウムが増殖される、使った以上のトリチウムを得ることもできます。これはブランケットの構造や配置にも依存しており、最近の設計では中性子が不足する側にあります。このため、ベリリウムを用いた中性子増殖反応を組み合わせることが計画されているのですが、リチウムや重水素といった、自然界に豊富にある燃料以外に、レアメタルであるベリリウムが必要になることが、核融合に資源問題を持ち込むことになってしまいます。
トリチウム製造プロセス
核融合燃料であるトリチウムは、核融合反応で生じた中性子を使うことで再生産できるのですが、核融合炉の起動時に3 kgのトリチウムが必要になるとの計算があります。これをどのようにして入手するかが一つの問題となります。
トリチウムを得る一つの手法は、2D + 1n → 3T + γ なる反応を利用するもので、この反応は非常に起こりにくいのですが、重水を減速材とする原子炉(重水炉)の中では長期にわたり大量の重水が中性子を浴び続けるため、かなりの量のトリチウムが作られており、これを分離することでトリチウムを得ることができます。
もう一つのやり方は、核融合炉と同じ反応を利用するもので、リチウムに中性子を衝突させてトリチウムを製造する方法で、6Liを少量含むアルミリチウム合金に熱中性子を照射し、全体を熱処理することで合金内部に生成するトリチウムを取り出す方法が一つ、もう一つは、高速増殖炉を用いて高エネルギーの中性子をリチウムに照射することで7Liからもトリチウムを得る方法が考えられています。
これを運転中のトリチウム生産にも拡張すれば、核融合炉でトリチウムを製造する必要はなくなります。ブランケットには、高エネルギーの中性子を減速するという役割もあるのですが、減速材としてだけならグラファイトなどの材料も使えるでしょう。トリチウム合成と核融合炉を分離することで、核融合炉の設計は自由度を増し、運転もより容易なると思われます。
D-3He反応
DT反応と同様に比較的容易に生じる核融合反応として、トリチウムの代わりにヘリウム3を用いる反応が知られています。この反応は、2D + 3He → 4He + 1p + 18.35 MeV なる反応で、 生成物が中性子ではなく陽子(p)である点がDT反応と異なります。
生成物が陽子だと、リチウムからトリチウムを得る反応を起こすことができないのですが、トリチウムを別途製造するなら、この点は問題になりません。一方、陽子はプラスに帯電しており、プラズマ中に取り込まれて壁に衝突しないという利点があります。さらに、陽子の持つエネルギーはプラズマ加熱に使われ、エネルギー効率が良いことも利点となります。
燃料に用いるヘリウム3は、トリチウムのβ崩壊(半減期12.3年)で生成することができます。つまり、トリチウム水を保管していれば、年間5%ほどが自然崩壊してヘリウム3に変化するわけです。最初に20年分のトリチウムを準備しておけば、その5%に相当するトリチウムがベータ崩壊してヘリウム3に変化し、年間に必要とされる燃料を賄います。減少した分のトリチウムは、高速増殖炉などで別途製造して追加してやればよいわけですね。
このプロセスの利点は、燃料として用いるヘリウム3も重水素も、どちらも安定な核種で放射能がないという点があげられます。つまり、貯蔵しても変化しないし、漏れても安全ということですね。ヘリウム3の製造はトリチウムから行いますので、この部分では放射性物質を扱わざるを得ないのですが、これを高速増殖炉の付近で行えば、大量の放射性物質を取り扱う事業所が限定されます。
DD反応
下の図は各種核融合反応の起こりやすさを示したもので、2022年の1月に九州大学の松浦先生が発表されたものです(先進燃料核融合特集号はこちらからアクセスできます。この特集号のその他の論文は、以下で議論しているお話をはるかに高い精度で検討されております。)横軸は温度で、1 keVは1,160万度に相当しますから、10 keVが1億度少々、100 keVが10億度少々ということになります。縦軸は反応断面積で、反応のしやすさに相当します。
この図でDTと示された曲線が重水素とトリチウムの反応で、もっとも低温でよく反応します。その次にピークを付けますのがD3Heと示された曲線で、これが重水素とヘリウム3との反応になります。この曲線がピークを付けるあたりで、その下にDD(n)とDD(p)と書かれた二つの曲線がほとんど重なる形でD3Heのピークの一桁下の断面積を示しています。これは重水素同士の核融合反応で、次式で表されます。
2D + 2D → 3T + 1p + 4.03 MeV
2D + 2D → 3He + 1n + 3.27 MeV
この図では、ホウ素11と陽子の反応も同程度の大きさがありますが、この系にはホウ素は含まれていないため、この反応は起こりません。しかし、重水素は原料の一つですから、上の反応は必ず起こってしまいます。また、この二つの反応は、ほとんど同じ条件で、ほぼ半々に生じます。
この反応には、良い点と悪い点があります。良い点は、入手が容易な重水素が燃料となってトリチウムやヘリウム3が生成するという点で、この反応が利用できるなら、手間のかかるトリチウムの製造やヘリウム3への転化などは不要ということになります。一方悪い点は、せっかくトリチウムを使わずにヘリウム3を用いて高速中性子の発生を防止したのだけど、この反応で生成するトリチウムを核融合反応させると、高速中性子が発生してしまうという問題があります。
この反応が良いか悪いかは、たぶんに、ヘリウム3の製造コストと炉壁損傷防止のコストにかかわる問題で、ヘリウム3製造コストが高く炉壁は十分な耐久性があるなら、重水素を多めに保ってDD反応を積極的に利用すればよいし、ヘリウム3が安価に入手できるなら、重水素を不足気味としてヘリウム3を多めに保つことでDD反応を起こりにくくするという対応がとられることになりそうです。
このほか、生成したトリチウムは、以下の反応を同時に起こします。上の反応は高エネルギーの中性子を発生しますが、トリチウムが生成する以上Dと反応して高エネルギーの中性子を生じてしまいますから、同じ問題ということになります。高エネルギー中性子を発生しないためには、DD反応をいかに抑制しトリチウムを生成しないかがカギとなります。
3T + 3T → 4He + 1n + 1n + 11.32 MeV
3T + 3He → 4He + 2D + 12.10 MeV
類似した反応として以下も示しておきます。こちらは、反応はしにくいのですが、D3Heを主反応とする場合は、3Heが大量にあることから起こりやすくなります。重水素を用いずヘリウム3のみを用いる場合は、中性子は出ないし、放射性物質も扱わないという特徴が生じます。反応温度がさらに一桁上がりますが、燃料に3Heのみを使用して、これを主反応とする手もあります。
3He + 3He → 4He + 1p + 1p + 12.86 MeV
なお、上記松浦論文によれば、DD反応で生成するトリチウムやヘリウム3は、取り出すことができるようで、これを積極的に反応に戻す方式がcat-D燃料サイクルと呼ばれている由。そうであるなら、ヘリウム3は戻すけれどトリチウムは戻さずにトリチウム水の形で保存し、トリチウムがβ崩壊して転換したヘリウム3を反応に戻すことで、高エネルギー中性子の発生は抑制することができるようになります。こちらが正解かもしれませんね。
7/5追記:生成物の取り出しですが、核融合炉では、いずれにせよ4Heが生じるため、「ダイバータ」と呼ばれる部分からこれを排気しております。この時、その他の様々な成分(DとかTとか、、、)も一緒に排出されるため、これを分離して、必要な成分を炉に戻しているのですね。従って、DD反応で生じたトリチウム(T)の一部がその場で反応してしまうことは避けられないにせよ、排出されたトリチウムは保存して3Heに転換してから炉に戻すこともできそうです。
高速増殖炉の位置づけ
ここまでいろいろと書いてきましたが、一つの理想形として、将来の核融合炉はDT反応ではなくD3He反応となることが考えられます。これは、燃料が放射能をもたないこと、炉壁の損傷が少ないことがその理由として挙げられます。また、トリチウムの製造と核融合を分離することで、核融合炉の設計と運転をそれだけ容易にします。
しかし一方で、ヘリウム3の製造設備を別途持つ必要があります。これには、リチウムに中性子をぶつけてトリチウムとし、このβ崩壊によりヘリウム3を得るというプロセスが考えられるのですが、リチウムの同位体存在比が7Liに偏っていることを考えますと、高速の中性子を用いるプロセスが好ましく、高速増殖炉がこの目的に好適であろうと考えられます。
高速増殖炉のプロジェクトは現在、もんじゅの運転失敗により中断しているのですが、放射性廃棄物処理を保管期間10万年から300年にするという目的だけを考えても、これを運転する価値は十分にあります。
少数の炉であれば、地震が少なく火山もない地域、そして海からはなれた、あるいは海抜の高い、津波の恐れのない場所に立地して運転することには、さほどの問題もないはずです。
エネルギー問題への対処を核融合に任せることができれば、増殖炉はエネルギー効率など気にせずマイルドな運転に徹し、放射性廃棄物処理とトリチウム製造を分担すればよいのですね。そういう形で高速増殖炉を建造して動かす価値は十分にあるはずです。
その他の周辺技術
核融合実用化の時代は、カーボン排出量ゼロの時代となるわけで、時を同じくして電力需給調整(デマンドコントロール)ということを考えておかなくてはいけません。これは、核融合発電が燃料代はほとんどゼロで、大部分が装置費用であるため、最大出力で連続運転することが最も経済的となるからなのですね。
一方で、今日電力需給のバランスとりに使われております火力発電は、カーボン排出量を下げるために運転停止を迫られる。そうなりますと、何で電力需給のバランスをとればよいか、という問題が生じてしまいます。
電力需給のバランスをとる最も簡単な技術は二次電池を用いるやり方で、現在ではリチウム電池が解ということになるのですが、現在のリチウム電池は高価で、大容量の電力貯蔵には向きません。これに関しては、より安価で効率的な二次電池の開発が要請されるところです。
もう一つが、水を電気分解して水素の形で電力貯蔵するやりかたで、できた水素は、FCV(水素燃料電池車)に用いてもよいし、電力需要が増大する時間帯に燃料電池で電力に戻してもよいし、火力発電所の燃料とすることもできます。また、メタンやアルコールを合成し、これを燃料としたり、化学原料に使うなどの対応もできます。これらについて、様々な形の手法を事前に開発しておくことも重要でしょう。
水素を利用するこの手法は、これを電力に戻す際に既存の火力発電所を使うことができることが一つの利点で、この場合には、効率的な水電解プロセスだけが開発テーマとなります。この手法は、おそらくは水電解セルを高温高圧にして電解液の電気抵抗を低下するとともに、発生する熱を利用して発電するなどの効率化手法がありそうです。
おわりに
我が国は、技術開発の初期には先行しているのだけど、実用化されて広く利用されるようになった時点で出遅れてしまうということがままあります。核融合に関しても、これまでのところでは、我が国の研究者の貢献は非常に大きい。しかし、実用化が近づいた今、活発な事業化検討がなされているのは海外が主体となっております。
核融合技術で同じ轍を踏まないよう、この先の技術開発のとり進めに関しては、大いに注意して取り進めていただきたいところです。それでなくても我が国の専門職の扱われ方には問題があるとの指摘があちこちから出ております。核融合などとなりますと、幅広い領域の専門家が力を発揮しなければならず、このあたりの対応も十分に行わなければいけないところです。
核融合エンジンができるとガンダムができる。
すなわちそれまでにガンダリウム合金とミノフスキー粒子を開発することだあ。