池田信夫氏の8/19付けアゴラ記事「新型コロナ第7波の『単独の死者』はゼロだった?」へのコメントです。
致死率という見方をすると、結核の致死率がザックリいって、日本で15%、世界で5%程度である一方、インフルエンザの致死率が0.1%以下といわれております。新型コロナの場合、ヨーロッパ諸国などで患者が急増し医療崩壊を起こし、大量の死者を発生させたこと、我が国の致死率も、当初4%程度、その後の第2波~4波で1~2%程度と高かったことから、結核並の対応は間違っておりません。
ところが第5波から0.2%と低下し、第7波では0.1%程度。こうなりますと、インフルエンザ並みの対応が妥当ということになります。インフルエンザ並みですから、感染者数には注意して、必要とあらば学級閉鎖などはしなくてはいけないのですが、発症しても薬を飲んで家で寝ておればよい、ということですね。
我が国のコロナ対策の大問題は、これを政府批判の材料にしようとする不逞の輩が一部におり、特にオリンピック開催と時期を合わせた第5波で、致死率が急低下する一方で感染者数が大きく増加したことから、感染者数のみを声高に叫んでの政府批判がおこなわれたこと。
本来は、第5波の時点で、新型コロナに対する対応を変えなくてはいけませんでした。まあしかし、野党マスコミがダメダメであることは最初から分かり切ったこと。政府サイドが雑音に惑わされずにしっかりやらなければいけませんでした。
スヌーピーも言うように、「配れた札で勝負するっきゃないのさ、それがどういう意味であれ」です。
返信がついております。
岩崎 徹也
以前あなたに対してコメントしたのですが、なぜか消えています。当初、日本は検査を抑制していたので当然陽性者数も抑制されていました。致死率(死者÷陽性者(≒感染者)が高くなるのは当たり前です。致死率を基準に政策を判断するのは間違いです。瀬尾 雄三
岩崎 徹也さん
> 以前あなたに対してコメントしたのですが、なぜか消えています。このシステム、コメントが時々消えることがあり、FaceBookから適切でないメッセージであるので消去した旨の連絡が入ります。おそらくは、コメントに対して誰かがクレームを申し入れているのでしょうが、適切なコメントにその手の行為をすることは、正当な行為とは言えません。
これは、FaceBookの問題ではあるのですが、システムの弱点を突いて言論封殺を図る者の存在が大きな問題ではあります。現実は受け入れるしかないのですが、この手の行為を招いているという意味は、そのコメントが大いに『効いている』という意味ですので、満足しておけばよいのではないでしょうか。
> 致死率を基準に政策を判断するのは間違いです。
疫病の恐ろしさは、致死率と、感染力にあり、死者の多さが最終的なパラメータとなります。コロナのような新しい疫病の場合、当初のデータは不正確なのですが、欧州の一部の国で膨大な犠牲者を出しており、大いに警戒すべき状況であったことに違いはありません。
瀬尾 雄三
一点追加しておきます。問題は、第4波から第5波に移行した際に、致死率が1.5%程度から0.2%程度へと、一桁低下したにもかかわらず、これに即した対応がとられなかった点なのですね。
致死率0.2%であれば、ほとんどインフルエンザと同様であり、直ちに入院させるほどの緊急性はありません。従って、この時点でレベル5への付け替えを検討すべきでした。
問題はこの時がオリンピックと重なったことで、感染者の増加をもって政府批判の声が高まった。その際に、致死率を無視したことはアンフェアだし、医学的・科学的に判断すべき問題を政治的に歪めてしまった。これが医療資源の浪費と関係者の加重な負担を招いているわけで、その罪は大きいと言わざるを得ません。
もちろんインフルエンザ並みといっても、感染力は強いし、死ぬ人だっていないわけではない。また変異株の登場するリスクもあり、充分な監視は必要です。でも、症状の軽い感染者は、入院の必要もなく、薬を飲んで家でおとなしくしていればよい。そういう対応をする判断に際して、致死率が大きな要素となるわけです。
酷い札だゼ