山田成美氏の2/16付けアゴラ記事「LGBT問題、ルフィ事件、敵地攻撃能力に関して思うこと」へのコメントです。
憲法第24条の1項に「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」とあります。この文章を素直に解釈すれば「婚姻は両性・・」とありますので、どう解釈しても憲法では「婚姻」が同性で成立するとは解釈できません。
このどこに、「生物学的な男性と女性」に限定する旨が書いてあるのでしょう。ここでの「両性」は、日本語の意味として「両者」とどこが違うのか、識別できますでしょうか?
と、言うのは、この憲法が起案された当時、結婚とは男性と女性がするものとの理解が一般的であり、同性婚など考慮の対象外だったのですね。だから、「両者」の意味で「両性」と記述するのもおかしくはない。でもその意味は、性の異なる者同士に婚姻を限定しようという意図はなく、婚姻に臨む者たちくらいの意味と解釈されるのですね。
つまるところ、法解釈全般において「立法者の意図」がいかなるものであったかは重要なポイントなのであって、24条1項の「両性」に対してだって、これを「婚姻を異なる性の者どうしに限定する」意図があったのか、あるいは「婚姻に臨む両者」との意味で記述したのかの判別が問われるわけです。
これを常識的に考えれば、ここに性別云々の意味などなく、後者の解釈が正しいであろうことは容易に推察できるというもの。こんなことでわざわざ憲法を改正する必要などありません。9条の改正なら、それ相応の意味はあるのですが。
結婚