宇宙線というのは、宇宙のかなたから飛来する高エネルギー粒子のことでして、今のように、巨大な加速器が利用できるようになる前は、素粒子の研究に、盛んに宇宙線の観測が行われたものです。そうそう、湯川秀樹博士の予言した中間子、実在が確認されたのも宇宙線の観測でした。
その昔、私が使っていた部屋には小さな窓がありまして、そこから屋根の上に出ることができました。で、屋根の上に寝そべって、本を読んだり、ぼんやりしたりするのが私の楽しみだったんですね。
ある晩秋の晴れた午後のことでした。いつものように屋根に寝そべった私は、時折吹く風に、落ち葉が空高く舞い上がる様子を眺めていたんですね。
そのとき、青空のあちこちに、ぽんぽんと、小さな雲が、いくつもいくつも現れました。その雲はどんどん大きくなって、やがて空一面を覆いつくしてしまいました。
これ、実に不思議な現象でしょう。互いに無関係な空のあちこちに、ほとんど同時に雲が発生したんですからね。で、後に、素粒子の研究を知るようになって、これは、きっと宇宙線の仕業であろうと考えるようになったのです。
これ、他の人にお話したことがあるのですが、そんな馬鹿な、で終わってしまいます。この日記なら、もう少し詳しい理由が書けると思いますので、一つトライしてみましょう。願わくば、これを読んだ読者が、私の考えに共感してくれんことを!
宇宙線や放射線、あるいは、巨大な加速器で加速したような、高エネルギー粒子を観測するとき、霧箱とか泡箱といった装置が広く使われています。泡箱は、液化した重水素を沸騰点より少し高い温度にしたもの。こうしても、最初の泡はできにくいので、液体は不安定な状態に保たれます。そこに高エネルギー粒子が通過すると、その軌跡に沿って、泡が生じ、これを写真に取ることで、どんな粒子が生じているのかを見ることができます。
この写真、「バークレー物理学講座」という本の素粒子の巻(上巻、下巻)にたくさん載っています。磁場による曲がり具合だとか、液体中での減速、他の粒子との衝突などから、どんな粒子が飛んでいて、どんな反応が起こっているか、知ることができるんですね。
霧箱は、似た装置なんですけど、ずっと簡単なものでして、古くから使われています。これ、空気中の水分を、飽和より多少高い過飽和状態に保ち、粒子の軌跡に沿って生じる水滴を観測するんですね。
大気も実は、自然の状態で、相対湿度100%以上の、過飽和状態になることがあります。と、いうか、そういう状態は、雲ができる直前には非常に良く起こるんですね。
雲の正体は水滴なんですけど、最初の水滴は、核となる粒子がないとできにくい。だから、微粒子を撒くことで、人工的に雨を降らせる、なんてことも研究されてました。あ、飛行機雲、なんてのもそれですね。湿度が過飽和状態の空を飛行機が飛ぶと、排気ガス中の粒子が核となって、飛行機の飛んだ跡に沿って雲ができるんです。
ここまで来るとお分かりですね。過飽和状態になった大気中を宇宙線が通過すると、そこに雲ができる。
宇宙線には、カスケードシャワーという現象が知られています。これ、非常に高いエネルギーの宇宙線が、上空の空気に衝突して、たくさんの高エネルギー粒子を発生させる、それが玉突的に起こります。だから、空のあちこちに同時に雲が発生したのは、宇宙線の飛来で、よく説明が付くのですね。
他に考えられる原因は流星。上空で分裂した流星が雲の核となったかも、、、でも、流星よりも宇宙線のほうがよほどありそうなんですね。実に宇宙線、流星などより、よほどしょっちゅう、地球に降り注いでいるのですから。
この現象、実に面白いと思いませんか? 実用性は全然ないけど、宇宙線が、何の装置も使わずに、肉眼で観測できる。こんな現象、人類は、果たして知っているのでしょうかね。もし発見されていないなら、いずれ暇になったときに研究してみたいもの。
天気予報を調べて雲の出来始めそうな所で待ち構える。VTRで撮影すれば、証拠はばっちり。カスケードシャワーを検出するためのガイガーカウンターも必需品です。その音を、VTRに入れておけば、完璧ですねえ。
最近の日本上空は、中国の工業化に伴い、ダストが多くなっています。おそらく、海外の空気の綺麗なところで狙うのがよいでしょうね。多分、山脈の近くの上昇気流のあるところか、海辺の空気の湿ったところ。
気象状態が悪ければ、観察は出来ない。だけど、ハイキングとか海水浴は、、、なんか、素敵な生活、、、、学者の老後の過ごし方にはとっても優雅、良いですね。
2023.8.28追記
上のお話、きちんとした研究がなされておりました。松田智氏の8/28付けアゴラ記事「科学は真実を明らかにする:銀河宇宙線と雲生成の関係を明らかにした論文」によりますと、このメカニズムを解明した論文が最近発表され、本年5月に猿橋賞を受賞したとのこと。
また、この分野の先行研究は「1997年にスべンスマルクと言う科学者が、GCRの減少(太陽活動が活発化し太陽系の磁場が強まると、そのバリア効果によりGCRが減る)によって地球の雲の量が減少し、アルベド(反射率)が減少した分、気候が温かくなるとの仮説を提唱したことに始まる」ということで、上のブログを書いた時点では既に判明していたこと。ネットを調べていればこのあたりの事情も分かったはずで、ここはちょっと手落ちでした。
それにしても、長年の疑問が解消されたことは、一つ、喜ばしいことであると思った次第。まあ、他の方々にとってはどうでも良い話であるとは思いますが、、、