今日は資源ごみの日、新聞紙を束ね、ガラスを袋に入れ、ペットボトルの処理をしました。でもコレ、面倒ですねえ。なんで、ラベルを剥し、蓋を取って中を洗わなくちゃいけない。こんなこと、ごみ処理のプロセスでやれば良い。
これ、責任転嫁じゃないからね。ラベルを剥す、このためには道具が要る。それを、高々数個のペットボトルの為に準備する。これ、ものすごい無駄なんですね。
コンビニのゴミ箱、せっかくペットボトルを分別してるのに、蓋を取ったり洗ったり出来ていないので、リサイクルしない。コンビニにこんなことまで要求するのは、土台無理というもの。そのほかのゴミ箱も、似たようなものなのでしょう。
結局のところ、本気でリサイクルに取り組むなら、ペットボトル、集めたところで、リサイクル向けに加工しなくちゃいけない。その気になれば、蓋を取ったり、ラベルを剥したり、洗ったり、こんなことは機械で自動的に出来るはず。それが、全体では最も効率的。
何でこんなことになっているのか。まあ、予算の問題もあるかもしれない、でも、形だけこさえて実態を見ない、効率とは縁の遠い、お役人の特性が、こんなところにも現れているのかもしれませんね。
一見、資源、環境問題に配慮しているように見える、でも、実際には何の役にも立っていない、そんなやり方がお役所の仕事振り、だなんてことになると、一事が万事、お役人自身、一見仕事をしているように見えるけど、実は、何の役にも立っていない、税金の無駄遣い、なんてこともあるかもしれない。そんな印象が蔓延してしまうのですね。ま、既に常識なのかもしれないが、、、