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トイレ紙の陰謀 !? 製紙会社のCSRはいずこに?

最近、トイレの紙を出しすぎてしまう、という経験を何度かしました。トイレットペーパーを使おうと、紙をちょっと引っ張りますと、思った以上に紙が出てきてしまうのですね。

なぜトイレ紙は出過ぎたか

一度出し過ぎた紙を巻き戻すのも次に使う人に悪いと思いますので、長く出してしまった紙を全部使うことになるのですが、こういう行為は、地球環境に配慮しようという最近の社会的要請には逆行いたします。

もちろん、意図してやったわけではありませんので、私にさほどの罪悪感があるわけでもなく、これをやるたびに、あちゃ、またやっちゃった、などと思っていたのですが、なぜそんなことが最近頻発するようになったのか、その原因がついに判明いたしました。

その原因は、なんと、芯紙の内側に滑りやすい樹脂コーティングが施されたトイレットペーパーが存在するという事実でした。

普通の芯紙は、ボール紙ですからざらざらしているのですが、最近ではこの部分がすべすべしたトイレットペーパーが一部に使用され、これがこの問題の原因であることがわかりました。

ペーパーが出すぎてしまうというトラブルは、自宅に限らず、外出先でも良く起こるのですが、さてはと思って調べてみますと、まず間違いなくこのタイプの芯紙です。

この問題が発生するメカニズムは簡単です。ペーパーホルダーの多くは、芯紙とホルダーとの間ですべりが生じる構造となっており、この部分の摩擦係数でロール紙の回転を止める仕掛けとなっております。したがって、芯紙の内側のすべりが良くなりますと、摩擦力が低下し、紙を引っ張ったときのロール紙の回転がなかなか止まらず、紙が出すぎてしまいます。

なぜ製紙会社はそうしたか

こうなりますと、なぜ製紙会社は芯紙の内側に滑りやすい樹脂コーティングなどしているのだろうか、という疑問が、当然のことながら湧くことになります。

これが推理小説なら、事件によって利益を得る者は誰か、ということをまず考えなくてはならないのですが、経営学の場合には、企業の意思決定は企業の利益のためであることは前提条件です。経営学の視点では、こうすることによっていかなるメカニズムで利益が発生すると経営陣は判断したか、という点を推理しなくてはなりません。

さて、芯紙に滑りやすいコーティングを施すと、製紙会社にはどのような形で利益が生じるのでしょうか。これによって製品の魅力がどのように高まり、他の製品に対して競争力を持つようになるのでしょうか?

中芯が滑りやすいトイレットペーパーが消費者にもたらす恩恵といたしましては、少ない力で引っ張っても充分な量の紙が出てくる、ということが考えられるのですが、従来のトイレットペーパーを引っ張るのが大変である、などという現象にはお目にかかったことがありません。

一方で、普段どおりの力で引っ張ると紙が出すぎてしまう、という欠点がこの改良製品にはあるわけで、これらを総合的に判定すれば、消費者にとっての製品の価値はこの改良により低下していると判断せざるを得ません。

その他の理由として思い当たるのは、トイレットペーパーを余分に使ってしまう人が増えるため、トイレットペーパーがたくさん売れ、その結果、製紙会社は儲かる、というものです。

都市伝説:味の素の容器の穴

この手の話で有名なのが、容器の穴を大きくしたことで売上を爆発的に伸ばした、という味の素の前例です。味の素には「売り上げの増加を図るために容器の穴を大きくし、これが大成功して売り上げを倍増させた」という事例が、事実か否かは別として、広く知られております。

容器の穴を大きくすれば、同じ一振りでも大量の味の素が出てしまいます。この結果、消費量が増えるであろうことは予想されることでして、売上の増加もまた予想されることです。穴を大きくすることで売り上げを増やすなんて、なんと賢い発想であったことか、というわけです。

この話は、都市伝説とでも形容した方が良いほど、今日もあちこちで語られておりまして、「味の素、容器、穴」でサーチいたしますと大量のメッセージがヒットいたします。

この味の素の戦略に批判的な意見も多いのですが、それ以上にこの味の素の販売戦略を「賢い」とする考え方の多いことに驚かされます。しかし、容器の穴を大きくすることにより売上増を目指そうという考え方は浅薄な思考によるものであって、容器を切り替えた直後の利益だけを考えているに過ぎません。

この行為を「賢い」とする考え方が多いことは、今日の経営倫理の低下を示すものであって、それがさまざまな形で社会問題ともなっているように思われます。社会的リスクを考えれば、経営者はこの行為を是とするような経営コンサルタントとは付き合わないほうが良いでしょう。

目先の利益とブランドイメージの毀損

よく考えれば売上を増やすために穴の大きさを大きくすることは、長い目で見れば意味のあることではありません。なぜかとえいば、化学調味料というものは最大のパフォーマンスが得られる適量がありまして、たくさん入れればよい、というものでもありません。

だから、一振りで大量の味の素が出ることに消費者が気づけば、容器を軽く振って、適量の味の素しか出ないように気をつけるでしょうし、振りのコントロールが難しければ、味の素は使いにくいという印象を消費者に与えます。その結果、消費者は味の素に背を向け、他社の調味料を選ぶようになるでしょう。

また、消費者に誤解を与え、無駄をさせるような行為を企業は行うべきではありません。企業の社会的責任などということがさほど叫ばれておりませんでした60年代であっても、このようなことをして売上増を図る悪質な企業であるとして、味の素には批判的な目が向けられたものです。

今日では、企業の社会的責任(CSR)に対する目は非常に厳しくなっておりますので、顧客に損失を与えるような行為を企業が意図的に行えば、社会的な糾弾を浴びるリスクが増大しております。

もちろん、味の素が最初から売上増を狙って穴を大きくしたのかといえば、これは定かではありません。新開発容器に対する味の素のセールストークは「穴が詰まりにくい」ということでして、これはその大きさというよりは、蓋に突起を設けて、閉じたときこの突起が穴に入り込んで詰まりを除去する、新開発の容器構造によるものです。

おそらく、穴を大きくした最初の理由は、あまり小さな突起は作りにくいことから穴を大きくした、ということでしょう。「それによって出すぎる結果、売上が増えるであろう」ということを意識していなかったかどうかは、外部の者にはなんともいえないのですが、、、

味の素の困惑

これにつきまして、味の素のWebページ*では次のように否定しております。

Q: 昔、販売量を増やすために「味の素®」の瓶の穴を大きくしたと聞きました。本当ですか?

A: そのようなことはありません。当社は、昭和26年に食卓用「味の素®」“卓上瓶”を発売しました。家庭に普及するに従い、食卓での使用以外に、台所で調理にも使われるようになりましたので、お客様の使い方に合わせて昭和37年に「味の素®」“調理瓶”を開発・発売しました。その際、調理に使い勝手が良く、湯気による目詰まりを防ぐために、従来の“卓上瓶”に比べて口の面積を広くし、穴の数を増やしました。このことが、おもしろおかしく伝えられたものだと思われます。

2017.2.27追記:*) 上記Webページは現在削除されております。現在では、これに類する記事が「「味の素®」容器の変遷」なるページに以下のように紹介されています。

1962(昭和37)年9月18日には「味の素®」80g調理瓶が発売されました。この中蓋には34穴あり、穴の直径は2.8mm、3振りで0.4g出るようになっています。これはすまし汁2杯分を目安にしています。また振り掛ける場合に湿気による目詰まりを防ぐ必要があったので、先の食卓瓶に比べ、口の面積を広くし穴の数を増やしたのです。

このように、いろいろ工夫して作られたわけですが、世間では「味の素社は瓶の穴を大きくして随分儲かった」という噂が広がりました。しかし、このころの「味の素®」の売上高をみてもそれまでの伸びとかけ離れた増加を見たという事実もなく、面白おかしく伝えられたものと思われます。

ただ、ここで味の素がいくら弁明しようと、穴が大きくなれば出すぎてしまうことは明らかであり、結果論として味の素が非難を浴びることは避けられません。

上に引用いたしました弁明では、「卓上瓶」と「調理瓶」は違うのだということを強調していますが、これを発売した際の味の素の宣伝の力点は「これまでの瓶を詰まりにくく改良した」という点にあって、顧客に「卓上用途にも新しい瓶は優れているのだ」との誤解(?)を与えたこともまた事実であると思われます。

実際、「味の素の新しい容器は出すぎて困る」という苦情が出ておりましたし、「セロテープで穴を半分ふさげばよい」などという味の素愛好家の生活の知恵も目にしたことがあります。ただこれらが、客側の不注意による誤解であったかも知れませんし、味の素という企業を批判する目的で発せられた政治的発言であった可能性もゼロではないのが難しいところです。

いずれにせよこの新型容器、味の素の経営にとっては、結果的にはマイナスであったのではなかろうか、と思います。少なくとも、この話が都市伝説のように繰り返し語られる現状、特にそれが成功した経営戦略として語られる状況は、味の素にとってあまり喜ばしいことではない、と私は思うのですね。

味の素の蓋の穴についての議論は、経営コンサルタントの武隈さんのブログで、何回か([1][2][3][4][5][6][7][8])にわたってされておりますのでこちらもご参照ください。武隈氏は、味の素に非常に好意的なのですが、私は味の素の弁明に一抹の疑いを捨てきれてはおりません。

製紙会社はどうなるか

さて、トイレットペーパーの中芯を滑りやすくすることに、果たして製紙会社には正当な理由があるのでしょうか? これにつきまして、かなり考えてみたのですが、「消費者が使いすぎることにより製紙会社が儲かる」という理由以外、私にはさっぱり思いつきません。

トイレットペーパーの中芯を滑りやすくしているのが、消費者にペーパーの使いすぎをさせることによって売上増を狙っての行為であるといたしますと、CSRの面で問題があるだけでなく、全人類あげて省資源と地球温暖化の阻止に取り組んでおります今日の社会の目標に完全に逆行する行為であるということになります。

早い話が、こういう会社は退場していただいて結構です、と社会が判断するであろう、ということですね。株式投資の世界では、きわめてリスキーな「Strong sell(強く売り推奨)」の銘柄ではあります。

普通に考えましても、こんなことはすべての製紙会社がやっていることでもなく、トイレットペーパーのブランドはいくつもあるわけですから、ひとたび消費者がこれに気づいてしまいますと、このような製品は消費者にそっぽを向かれ、企業イメージやブランドイメージを損ねるだけの結果となるのではないでしょうか。

トイレを設置している企業にしたところで、必死にコストを削減する努力をしておりますから、まずこの情報をつかんだ瞬間に、滑りやすい中芯のペーパーは購買対象から外すはずですし、企業の多くは、意図的に顧客に損をさせるようなことを企む会社とは、できることなら取引を中止したいと考えるのではないでしょうか。

ですから、このような行為に及んだ製紙会社は、売上を減らすし、社会的なイメージも損なう、経営戦略としては最悪の判断であるということになるのですが、いくらなんでもそこまで馬鹿な経営者がいるわけもない、との思いがありますこともまた事実でして、少々首をかしげております次第です。