原発事故に関連して池田氏の誤った情報の拡散に関してこのブログでは何度か苦言を呈してまいりましたが、最近の記事でも誤った(ないしは誤解を招きやすい)記述がなされております。くれぐれも、このような記事から誤った認識をされることのないよう、ご注意よろしくお願いしたいと思います。
池田氏の記事から受ける印象は、池田氏は単位系というものを全くご理解されていない様子で、mSvとmSv/年を混同しておられるように見受けられます。
池田氏の言う「低線量被曝の影響はよくわかっている。100mSv以下のリスクは統計的に有意な影響が出ないほど小さいということで、世界の研究は一致しているのだ。」は累積線量(単位mSv)であって、前回までのこのブログでご紹介している原発周辺の汚染の単位である年間の線量(単位はmSv/年)とは全く異なることにご注意ください。
氏が引用している文献に「リスクが有意となる線量域は 0.20 Gy 以上」と書かれているのも累積線量であり(GyとSvの関係は線種によって異なるのですが、大雑把には同じと考えてもよいでしょう)、累積200mSv以上ではリスクが有意であると考えてしかるべきです。
これを年間の線量に換算しますと、人生50年としても年間4mSv以上ではリスクが有意、ということになります(低線量の長時間被ばくに関するリスクに関しては諸説ありますが、現在のところ、より危険であるか危険性が少ないかにつきましては結論が出てはおりません)。
そもそも、放射線を扱う作業者にしたところで(平時には)累積100mSvが限度となっている位ですから、年間100mSvもの被ばくを受けるような場所は居住には適すわけがありません。
誤った数字が独り歩きすることは有害であって、何ら社会に益するところはありません。この手の議論を行うためには、最低限の知識は必要であり、私がみる限りそれは池田氏には困難なことであるように思われます。
そもそも、この手の議論は専門家に任せるべき、というのが池田氏の持論だったのではないでしょうか。
(池田氏の記事には「年間」なる文言は現れてはおらず、正しい、と言い張ることも可能な書き方になっています。しかし、この違いがわかった上で、意図的にこのような記述をしていたとすると、これはかなり悪質な議論の進め方であると言わざるをえません。)
時間がなくて簡単な記述となってしまいましたが、池田氏の元記事の問題は、100mSvは問題がないというその100mSvは累積の被ばく量であって、年間被ばく量としてはいくつが限界であるのか語られていない点です。
これまでの文脈から判断すると、それは年間100mSvであると主張されているように思われるのですが、もしそうであるとすると誤りとしか言いようがありませんし、累積であると正しく理解されてこのような書き方をされているといたしますと、年間の被ばく量の限界を示して議論されないのは(100mSv/年までが安全であるという)誤解を招き易い表現であり、好ましいものではありません。
累積100mSvまでの被ばくが問題はないと言いましても、80くらいまで生きる人はざらにいますし、100歳まで生きる人だっていないわけではないのですから、安全であると言える年間被ばく量の上限は1mSv/年ということになるのですが、池田氏のご主張はそういうものなのでしょうか? 実のところ、池田氏はかねてよりこの数字は小さすぎると主張されていたのですね。
にもかかわらず元記事のような主張をされるということは、池田氏は、意図的に誤解を狙ってこのような書き方をされているのか、さもなければ年間の被ばく量と累積の被ばく量の違いを理解されていない、としか考えようがありません。
長期にわたる被ばくに対して1mSv/年の正当性に関しましては議論のあるところでしょう。しかし、その結論は容易には出すことができません。
低レベル被ばくが累積した際の健康に対する悪影響を判定することは非常に難しいことであって、数十年という長い期間に渡る被ばくの影響を判断するためには長期にわたる調査が必要ですし、数mSvの被ばくなど自然放射能や健康診断に際しても毎年受ける被ばくであって、それが数十年も続けば、累積100mSv程度の被ばくなど変動の範囲内となってしまいます。これに対処するためには、個々の観察対象者がどのような被ばくを受けていたかをチェックしなければならないのですが、これをトレースすることが非常に困難であることは想像に難くありません。
結局のところ、年間に許容される被ばく量はどの程度かとなりますと、確かなことは言えないのが現状です。しかしながら、安全サイドの数値なら示すことができるわけで、それが1mSv/年であるわけです。
被ばく限度量に関しては、諸説あることは理解しておりますし、その確かな値を得ることが非常に困難なことであることは皆さまにもご理解いただけるかと思います。しかしながら何らかの基準を定めませんと、立ち入り禁止エリアの設定もできませんし、除染作業の計画も立てることができません。
このような数値を決める際に重要なことは、あくまで健康被害があるかないかの一点にのみ注目して判断すべきであって、これが企業経営なり国家の経済にいかなる影響を与えるかなどということは、一切捨象して議論しなければなりません。
池田氏のご主張はこの原則を逸脱しており、日本経済のために基準を緩めるべきとご主張されているように読み取れるのですが、このような主張は、仮にそれが通ったりいたしましても原発立地の住民たちがこれを受け入れる可能性は低く、我が国における原子力発電をますます困難にするだけではなかろうか、と危惧している次第です。
こういう主張をブログでこっそり行っていても致し方ありませんので、池田氏の元記事にコメントを付けておきました。
それにしても、同記事で池田氏が引用しているご自身の前の記事にもかなり問題のある記述があります。
池田氏は、MITのレポートを参照して、「マウスのDNAに放射線を照射した実験では、毎時120μSv(年間1.05Sv)を5週間にわたって照射しても、DNAの切断は見られなかった」ことから、年間1.05Svまでは安全であり、ICRPの定める年間線量は「現在の基準は「平時」で年間1mSvだが、MITの実験ではこの数値の1050倍でも遺伝子に影響は出ていない」と結論付けております。
どこがおかしいか、おわかりになりますでしょうか?
まず、MITの実験は、照射を5週間しか行っておりませんので1年を52週間として、累積の被ばく線量は1.05[Sv/年] * 5[週間] / 52[週/年]≒100[mSv]ということになります。つまり、100mSvの累積被ばく量ではDNAの切断はみられなかったという結果であるわけです。
平時の年間被ばく量に対するICRPの勧告は1mSvとなっておりますが、この環境下で一生の間に受ける被ばく量は、平均寿命を80年として80mSv、100才まで生きてしまいますと100mSvということになり、ICRPの勧告も安全とみなされる上限に近いことがわかります。
つまり、ICRPの勧告とMITの実験結果とは何ら矛盾したものではなく整合性がとれているということができます。池田氏の書かれておりますことがいかにおかしなことであるか、おわかりいただけるのではないかと思います。
池田氏には累積線量と年間線量の違いが理解できていないことがこの混乱の原因ではなかろうか、と私は推察しているのですが、累積と年間の違いが理解できないようでは、池田氏がご専門とされている経済学の分野でも齟齬をきたすのではなかろうか、と人ごとながら心配になります。