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虚数時間と地動説

少々思うところがあり、「虚数時間の物理学:ローレンツ変換とミンコフスキー空間」と題する一年以上も前の記事に「天動説対地動説との類似性」と題する節を追加して少しずつ書き連ねていたのですが、多少の時間ができたこともあり、独立した記事にしておきます。

天動説対地動説との類似性

前回の記事の結論は、ローレンツ変換とミンコフスキー空間は、いずれかが間違っているということではなく、見通しのよさにおいてミンコフスキー空間が優れている、ということでした。

天動説と地動説も、これと同様に、一方が間違っているというわけではなく、見通しのよさにおいて地動説が優れている、ということなのですね。

今日の感覚では、地動説が正しく、天動説は間違っているとの理解が一般的ですが、天動説も、周転円を追加することで惑星の動きをうまく説明することができます。問題は、そのような周転円をなぜ追加しなくてはいけないか、という説明がつかないことなのですね。

もちろん、現実の動きに合わせるために必要であるということは言えるのですが、これはここで求められている説明ではありません。現実の動きに合わせるだけなら、現実の動きを曲線なり一連の座標なりで記述すればよいだけの話です。ここで周転円を持ち出す理由は、そのような曲線がそうである単純な原理を知りたいからなのですが、現実に合うというだけの理由で周転円を持ち出すことは、充分な説明であるとは言えません。

ローレンツ変換にも似たような事情があり、四元ベクトルのスカラー積を演算する際に、なぜ時間項と空間項の符号を変えなくてはいけないのか、という原理的な説明ができません。もちろん、ローレンツ変換に対して不変に保つ、という説明はつくのですが、これは現実の惑星の動きに合うように周転円を付け加えるという説明と同種の説明でしょう。

同じ説明は、座標をテンソル表現する際に、時間項の符号を一部だけ反転する理由についても行われます。更に極めつけは、四元距離の二乗の値の符号に応じて、時間的に離れているか、空間的に離れているかが決まるという点でしょう。ここで、四元距離の二乗が負の場合にも四元距離が虚数であると言ってはいけない、と言われるのですが、なぜそんなことを言われなくてはいけないのか、その理由が説明できません。

これらの説明に苦労する約束事は、いずれも時間項が虚数であるとすればそうすべきこととなりますので、ミンコフスキー空間を採用する際には、このような変則的な取り扱いは一切不要になります。(空間項を虚数とする虚数空間でも、同じ扱いとなります。)

こうしてみますと、ローレンツ変換を天動説的、ミンコフスキー空間を地動説的とした前回記事への追加部分も、ご理解いただけるのではないかと思います。

見通しのよさの意味するところ

最近の科学哲学には「道具主義」という考え方があり、物理法則は、装置を設計したり、将来を予測したりする役に立てばそれでよしとする考え方が主流であるように見受けられます。

道具としての物理法則であれば、結果が正しければよく、ミンコフスキーでもローレンツでも、何ら問題はないということになります。それどころか、天動説だって惑星の軌道をみている限りでは大した問題ではないのですね。

しかしながら、たとえば土星に向けてロケットを飛ばそうという時、天動説では困ってしまうのではないでしょうか。惑星の運動が天動説に合致するように、それぞれの惑星に周転円を追加することはさほどの苦労もなくできるでしょう。でも、ロケットにはどんな周転円を追加すればよいでしょうか。

ローレンツ変換とミンコフスキー空間に対しては、論理的検討に際して同様なことが言えるのであって、それぞれの式を導く際に、ローレンツ変換に対して不変な形になるように、適宜、符号を定めてやることは可能であるとは思いますが、ローレンツ変換が現れないような局面では、このようなやり方は困難になると思われます。

特に、量子力学では、時間項に対応する位置に虚数単位が現れているのですが、どこに虚数単位が現れるか、どのようにして決定しているのでしょうか。

まあ、実際のところでは、時間項に虚数単位を与えて、素知らぬ顔をしているというだけの話ではないかと、私は邪推しているのですが、、、

物理法則をシンプルに記述することの最大の利点は、現象の奥に潜む、一段と深い部分の原理が見えてくること。天動説では、ニュートンの万有引力など、まず、見出すことはできなかったでしょう。地動説だからケプラーの法則が導き出される、そしてこれをよりシンプルに説明する万有引力の法則に到るのですね。

前回も書きましたように、時間軸は、互いに相対運動している観測者毎に異なる方向を向いております。その意味するところは、四元時空それ自体は等方的であり、これから三次元空間を切り出して観測する際に、時間方向が虚数的に振る舞います。

なぜそうなるか、これが問題です。これを考える際に、ローレンツ変換を持ち出したのでは、考える糸口もつかめないのではないでしょうか。

ミンコフスキー流に考えるなら、一つの手掛かりは得られるのですね。つまり、時間方向の長さの二乗はマイナスになる。なぜかはわからないにせよ、そのイメージは確実につかめるはず。新しい世界への第一歩としては、こちらの方がふさわしいのではないでしょうか。